ブイネット教育相談事務所


2006-12-28 ムジナの知恵―年末番外

_ ムジナの知恵―年末番外

政府は自ら示した。「実は、教育改革はする気がない」と。安倍さんお疲れさまでした。そもそもから貴兄には無理な仕事だと拝察しておりました。

私は、文科省の問題も、あらゆる官庁の問題も、解決に向けての争点は、「民営化」と「地方分権化」にあると確信する。

もしある一定の教育水準を保つのに、官による仕事よりも民による仕事の方が優れる場合、つまり、官が必要とするより少ない予算で民が実行可能な場合、市場主義的な原理で官制は崩壊の方向に向かう。

全ての問題はこの視点を免れ得ない。

官制は資本主義的原理に則った国家活動を後押しするうちに、当の自分が資本主義的原理に追い越されてしまったのである。

我々は資本主義的原理の中で生活している。よりお金がかからないでより良いものを入手するルールの中で生活している。

国家が解決できない問題が生じている。ということは、すでに旧態化した中央集権的権力が、いつの日かの「再統一」を願って、とりあえずの立て直しのために、一時的に地方に自治権を大幅に返還する必要性があるということだ。教育が、地域の問題として認識され始めたとき、そこには具体的な解決案の提案が可能になろう。

教育学者だけではない。哲学者にも責任がある。社会学者にも責任がある。彼らは、どのような未来社会を想定して、どのような教育が、今、具体的に必要かを提示しようとしないのである。それどころか教育を「統制手段」として認識することからも逸脱できない。教育は能力開発のためにある。子どもたちにあっと驚く優れた人物になってもらうためにある。いつまでも子どもの心を忘れずに成長し続ける人間を作るためにある。教育の本質目標は、前の世代を後の世代が追い越し続けるところにある。

議長野依は、「塾の禁止」を訴えた。とんでもないお門違いである。この人は、即座に「帰りなんいざ!」と、愛すべき化学研究の場に帰着するべきである。再登場は、ノーベル教育学賞を得てからにしてもらいたい。オタクと教育は分野が違う。ここでも大きな人選ミスがあった。マスメディアは、教育再生会議の人選の杜撰さを、逐一個々の主張をまとめることで明らかにするべきである。

確かに今の塾教育には害がある。しかしそれは学校教育との「二極化」の結果に他ならない。学校教育の目的と塾教育の目的が異なっているのである。

学校教育には、「国家的戦略」が欠かせないだろう。

ほぼ「単一民族国家」である日本で、社会に欠かせない仕事の振り分けを行う必要がある。もし、「高学歴高所得天下り」が最も堅実なコースであると多くの人が認め目指すなら、一方に、「低所得、辛労働、転職不可」の不安定層が必要となろう。エリートたちにこのことが認識されたとき、彼らは「知能」によるヒエラルキー構築に邁進しよう。学力がないというだけで「社会差別」される階層。そしてその実体が、公教育により学力を与えられなかった階層という結果なのであれば、そこで行われる行政施策は、非民主主義的な結果目的を目指すという自己矛盾を暴露することになる。差別のために行われる教育。いじめや自殺が止まらないのも当然に思われる。

教育とは、機会均等を第一に掲げ、ダマされない人間を作ることであることであると私は思うが。