2007-01-06 予兆
_ 予兆
あたかも火山の噴火の前に低周波地震が観測されるように、おおよその物事には本格化する前にその「兆候」があるのが一般である。したがって我々は、現在の事象を見る際に、それが来るべき大きな何かの兆候ではないかと抽象することが正着である。
いじめ、キレ、学級崩壊、学力低下。再びいじめ、自殺、家族殺人。これらは一体次なる何の兆候なのだろうか。たとえそれが何であろうとも、そのように捉えようとすることが正着であることは私にとっては「常識」である。
しかし、我が国の教育行政を司る文科省官僚や文教族たちや中教審や再生会議の構成員たちは、目の前の現象の対処にしか目を向けてこなかった。こうして、次々と後手に回った教育施策は、いつか「その日」が来ることを予知しない。つまり、彼ら超高学歴者たちは、創造力や感受性に著しく劣ったものたちの集合であることを吐露する。彼らは「無責任」なのではない。単に鈍い、愚かな人間たちなのであり、結果的に、我が国の未来社会をないがしろにするものたちなのである。
その彼らが、何をしたら良いか分からないために、大した哲学的考察もなしに、「教育基本法改正」や「日の丸君が代」や「儒教主義導入」を提案しているのである。彼らは単に意識的な「目くらまし」をしているのではない。本当に愚かで無能な、事実を見ることもできない存在なのである。
文科省はついに一度もその失策を詫びることがない。そしてそのことが自らの首をやがて完全に絞めることであることをも予知できないでいる。
教育改革は、上も下も不可能である。そして、子どもたちは反抗したり、無力化して見せたりする。創造力や感受性が欠如していても、自分たちが支配に適する高学歴者なのであると信じて止まないのである。これは著しく「反国家的」な行為である。
このことにおいて、私は、近い未来、決定的な大事件が頻発することを予見する。
「現場」そのものの、子どもたちの怒りはいよいよ本格的に大きい。
私には本当に信じられない。この期に及んでも、彼らは、自ら改めることをしない。まるで歴史的教養すらないかのようである。
彼らはあたかも、本体がダメになったら自らも滅ぶ運命にあることを自覚できずに増殖しようとする「ガン細胞」そのものである自らを認識できない。
アンシャンレジーム。イギリス名誉革命に百年遅れたフランス革命が何をもたらしたか、さらに百年遅れたロシア革命が何をもたらしたか、彼らは自覚的ではない。
私はこの結果を恐れるが、哲学人の一人として、未来社会を予想し、我が子を含めた私の周りの子どもたちに、祝福があるような教育を実践していくしかないと痛感している