2007-02-22 Carrom(キャロム)
_ Carrom(キャロム)
_ 私が初めてキャロムを知ったのは、友人のイギリス人陶芸家の家であった。
そもそも超ゲーム好きの私は一ぺんでこれにハマった。すぐに、六本木の玩具店にあったパキスタン製10数台を押さえ友人たちに買わせ、天才抽象画家と毎週のようにこれに興じた。画家の軽井沢の別荘で、着いた瞬間から24時間連続でプレイしたこともある。懐かしい想い出である。
このゲームは90×90㎝のボードの上で、ストライカーと呼ばれるやや大きい円盤を指で弾いて、赤白黒の19個のコインを四隅の直径5センチの穴に落として勝敗を競うものである。
私は初めて麻雀より面白いとも言えるゲームに出逢った。ちょうど、テレビゲームが出始めて、直観的に「これはまずい!」と思って、いつも胸に刻み込む、戸塚宏氏の「だったら代案を出して下さい」という言葉にしたがって、これを広めることを決意する。とは言うものの、当時の日本では手に入れるすべがない。しかも輸入するとド高くて、おまけに湿度の関係で反ってしまうのである。
私は自己制作することにした。資金はなんと娘の貯金である。
しかしそれは思いのほか困難な仕事だった。
硬度が相応しい木の選択。線書きと塗装。滑りの良いボード表面。コインとストライカーの制作。
手伝わされた友人や生徒たちの苦労も並大抵のものではなかった。
35台作ってそれを買ってもらっても、50万円近い赤字が出た。
その一台が、今、事務所で使用しているものである。
実は私が用いる隠れた教育メソッドがこれである。
このゲームをやると性格が丸見えになる。しかも、不注意についての戒めを常に得られる。計算ミスの多い子にこのゲームの上達訓練を行うと計算ミスがなくなりやすい。
だからこそ、今年の事務所はうるさかった。ストレスのたまる小学生たちは、大歓声を挙げてこのゲームを行うのであった。私はそのプレイぶりを見て、例年通り、合否を占うのであった。みるみる上達する者、勝負どころで強い者弱い者、妙に運が良い者。様々である。ちなみにV-netでは、穴に「落ちた」とは言わない。「入った」という約束になっている。とにかく受験の最高の気分転換になることは、そもそもこのゲームが南極観測越冬隊に広がっていたことでも知れる。
今年のチャンピオンは、麻布難化を予想して、直前に海城受験に切り替えて、確実に合格してみせたV-net屋上垂直鉄梯子登りの超オチンチン小僧である。後で調べると、今年の麻布算数出題は彼の苦手なところが中心に出題されており、受けても危ないのは明らかであった。私はこういう勘の良さを高く評価する。人の人生で努力と同等に大切なのは、運と勘の良さである。
ともあれ、この有名外科医の御次男は、そのしつこさもさることながら、天性の指先の器用さにより、たちまちゲーム・キャリア25年の筆者を凌ぎそうな腕前になった(もちろん、ハンデはつけるが)。超うるさい御母上が知ったら瞬間沸騰にするに違いないことに、我々は授業時間の半数以上をキャロムに当てていたのである。お母様申し訳ない。不意に事務所ドアが開く時のスリルは両者とも測りがたいものでした。
彼が他と異なることは、左でも右でも全く同じ動作ができることである。よく見ていると、左での時の方が構える時間が多少長くなるが、結果は全く同じである。私はこの子の家には鏡が沢山あるのではないかとすら想像してしまう。その心根と真面目さから医者に向いていると思うことは良くあるが、その手先の器用さから是非医者になって欲しいと期待するのは珍しい。ちなみに私がピアノをバイエル24番で引退したのは、左と右で異なることをすることに絶えられなかったからである。中学生の時も見た。医者の子どもの同級生が、右手で書いて左手で消しゴムで消すのを。真似しようとしてもどうしてもできなかった。田宮模型の失敗と同じである。
この「器用さ」は、マークシート試験では測れない。たまたま選んだ結果が、器用な者を含む程度である。私は「冗談」ではなくて「マジ」で、このゲームを入学試験の面接に取り入れることをお勧めするが・・・。