2005-11-02 音読会
_ ブイネット教育相談事務所ホームページでも紹介しているが、今秋より、有志募って、『音読法指導者養成講座』なるものを行っている。毎月第2第4日曜日の午前に行っているのであるが、今回(22日)で3回目を過ぎ、「基礎講座」が終了した。上達の確実な者は、「素質」もあるだろうが、やはり一人の時良く練習する者のようである。
このまま、11月に第4回第5回と行い、3ヶ月休んで3月に再度開講する。ここまでやったのは、基本母音発声とワ行音、ハ行音の徹底と、万葉集、古事記、古今集の音の確認と、百人一首音読による「歌い方」の学習である。ここから先は、古今集と平安物語文と日記文、歴史物、平家物語と鎌倉以降の文体、説話集、室町江戸時代。近現代の文体。
受講者の職業は推測も含めて多種多様であるようだ。教育関係者が多いのが心強いところだ。さて、私は後5回で指導者と認定できる人をどれほど育てられるか。それはすべて私の能力と責任にかかっている。
「叫けんで」しまうこと、このことを了解することは意外と難しいようだ。
どの言語も、「叫んだ」瞬間、その言語となる。
2005-11-03 シーズン・オン
_ 事務所に季節の風が吹き始めた。
受験直前。今年は6年制の私立女子校を抜けたいという相談が多い。
だが、いよいよもって、本格的に国語了解能力が未然のものが次の世代群から押し寄せて来るのが実態となった。
テレビとコミックスという映像。自分が「近眼」になっているという自覚が持てないから、「了解」ができない。この人たちにはちょっと難しい文章なんてからっきし無理だ。
完全受動の国語学習。答えは自ら作るものではなくて、どこかにあるものだと思っている。これはデパートで1階上の階に行く時でもエレベーターに乗ろうとするのにどこか似ている。国語ができない人は国語ができないことがどれほど大きな損失なのかを自覚できないのだ。
しかし、ついに、それに気づく人たちもいる。私はエライと思うが、その立ち直りの苦労も当然エライことである。
「情報」に対する認識の大転換。
「情報」には実態がなく、自分の判断に実態があるという認識。
国語ができるようになるとは、アタマが良くなること。アタマが良くなるとはそれまでの自分ではいられないということ。
しかしスキがあるんだなあ、みんな、やっぱり自分の日本語が不完全であることをリアルに認識することは日本人には難しいからね。
というわけで、解決法は、古文音読。
主体性のない言語使用なんてありえないからね。
2005-11-09 お久しぶり
_ 10月20日の未明、自宅机のノートパソコンのキーボードに、アル コールと水の混合液をかけると、ピチピチ言った後壊れて作動しなく なった。以後新しいコンピューター購入からデータ保存と設定まであれ これするうちにあっという間に2週間以上経過してしまった。
これ幸い!と別に思う訳ではないが、根がだらしないところが多い性 分だから、だらだらと何も書かずに過ごす。やっとのことでメールのや り取りくらいするが、まだソフトを何も入力していないせいか文章を書 くに至らない。実は人の設定頼みで自分には何もわからないのだ。
さて、小泉新内閣は、文相を中山氏から小坂氏にすげ替えた。しか も、副大臣についたのは、制度の廃止と一般財源化を唱える馳浩氏であ る。私は、森派の縁で小泉は中山とは「グル」であろうと書いたが、完 全に読み間違えた。この項でも小泉首相は本気であるらしい。この人 は、「制度を撤廃し、教職員を再教育並びに解雇し、活気のある学校生 活を取り戻す。そしてそのためには、教科書や指導内容の再編と、文化 省OBが不適切に天下った全ての御用会社との一度の絶縁が必要で ある。以上のことよりイデオロギー論議を優先せず、速やかに実行に向 けて動き出すこと。」と言うことがひょっとしたらわかっているのかも しれない。
若者が、センター試験から解放される日も近いということだと良いのだが。
2005-11-11 満月通信
_ 現在時刻11月10日午前0時。
あと9時間半で近地点(370009km)である。
火星の接近もあるのか、このところのテンションは株価同様にやや高いようだ。
気と象、望と最近。まさに満月前に近いとはこの感触なのである。
象が満ちた後、気が転ずる。
しかし、そこはヒネレの入り。その間に1週間ある。
16日、近地点時同様、午前に満月(9:58)。
しかし遠地点は、23日(15:17)。
ここには急速な下降が観られよう。
ヒネレ期のルナシーを食らう人が現象する。
静寂に耳を傾ける時。
この一月も波乱気味のようである。
妄りに「冒険」を試みるべきではない。
_ ● 12月2日 0:01 新月
2005-11-12 『中学入試国語記述のコツのコツ』
_ 先月下旬刊行の『中学入試国語記述のコツのコツ』の売れ行きが好調である。
すでに読んで下さった読者の方々のご反応も、多彩でフレッシュなものが多く、著者としては誠にありがたい限りである。
それにしても、これまで出版直後に紀伊国屋で売り切れというのは経験ない。いかに多くの方が入試国語記述で苦しんでいるかが確認される。
この本の内容は、全国の一流私立中学入試国語記述を、私が開発した抽象構成作文法で料理するもので、楽しく読める出来上がりになっている。また「ダイアローグ法」という、私が普段授業で使うテクニックも 紹介して、国語記述問題が恐れるにたらぬものであることを強調している。
読者の方にも是非のご一読をお願いする次第である。よろしく。
2005-11-13 ある一日
_ 午前に社会人入試の小論文と面接対処指導。
二人目は、医系受験生のセンター国語対策。
三人目は、デブなのに精神不安定な受験生と早大国語。
四人目は、超カタブツ現役君と、東大国語記述。
〆て11時間。目が疲れることおびただしい。
帰宅して、自宅デスクでメールと文書処理。その上で明日の講演のシ ミュレーション.加えて明後日の音読講座の下読み。
深夜になる。しかもこの背後で、連絡をもらったのに返事しきれな かった人たちがいるのだ。
2005-11-16 公立中学校講演会
_ 縁あって、中野区の公立中で講演した。
主催者側に、「教育についてなら、どのような演題でもお話しでき る」と言って決まったタイトルは、
「誰でも成績を伸ばす方法」。
世のお母さん方のあまりの「直球」に驚いた。思うに、これは一種の「エンターテインメント」の要求ではないのか。
しかし、まじめに話したら憤慨する人もいるだろうとは思いつつ、いつも通り「直球」で返した。
「頼れるものは自分のみ。全ては学力向上を目指す自分のためにある。塾も学校も家庭教師も、皆自分が必要なところを有効的に学ぶためにある。こちらから「利用」するところにある。この習慣がつけば学年があがっても成績が伸び続ける。目的なんて要らない。要るのは自分の能力が伸びていくことに好奇心を持つことだ。つまり、自分の成長に興味を 持つことだ。」
このメッセージを主体に各教科の具体的な作戦について一気に話した。
慣れてない方には、相変わらずびっくりされたことだろう。初めて見る人間の話をいきなり約2時間全く途切れることなく聞くのは大変だったかもしれない。反省するが、周囲にそれを信じるものはいないだろう。
私は本にしても良い内容だったと自負するが、直前に手渡されたボイスコーダーのスイッチをまたしても入れ損なった。最近所作がきちっとしているご老人を見ると畏敬の念に駆られる。
講演の方は好評だった。
2005-11-18 受験シリーズ ・ 記憶
_ 急に寒くなったと思えば、今年も早や「受験波動」がやって来た。
安全健康環境で育まれた甘えっ子たちにとって、別に命を取られる訳でもない受験勉強が大きなストレスになる。特に男子にこの傾向が著しい。特に覚えるという我慢が必要な作業で、女子を主体とする、淡々と記憶し続けるものたちとみるみる差がついていく。
可笑しいのは、私から見ると、彼らが覚えようとすれば覚えられるに決まっているはずのことを、苦しそうに「覚えられない」と漏らすことだ。彼らは、日常生活で覚えている言葉の数からすれば当然覚える能力があるはずなのに、自分には覚えることができないと思い込む。つまり、覚えることができている自分を思い出すことができないのだ。可笑
しいことに、それが事実らしいのは、覚えていないことがからかいの対象になってお互いに笑えるところである。
それにしても、これだけ記憶力が大切な時代に、記憶のメソッドを売り物にする塾ビジネスがほとんど見られないのは不思議なことである。それよりも、学者と行政の怠慢と言っておこうか。
諸君。記憶できる様になっていく自分に興味を持ちましょう。他人なんて頼っていないで自ら専用の記憶メソッドを開発しようとしなさい。キーワードは、脳内多器官、イメージ、連鎖、視覚処理、音声確認など。後はいつどのような時にどのような状態でやると最も効果的かを見つけること。
2005-11-19 『中学入試国語記述のコツのコツ』
_ 10月下旬に出た筆者新刊本『中学入試国語記述のコツのコツ』早や増刷になった。この場を借りて読者の皆様に厚く御礼申し上げる。それにしても、発売3週間で増刷は初めてだ。先行きが楽しみである。
困るのは、毎日事務所にすでにご購読下さった方々が連絡して来て、国語指導をして欲しいとおっしゃることである。だが読者もご存知の通り、事務所も私も受験直前で手持ちの生徒でほとんど手一杯。仕方がないので、来年3月以降に予約を入れていただいている。せっかくご連絡下さったのお待たせすることになって申し訳ない.ご理解いただきたい。
お申し込みは誠にありがたいことだが、例年受験終了期は疲労困憊である。早めに温泉の予約も入れることにする。
それにしても、ご連絡下さるのは、小学校2年から5年までの間のお子様がおられるご家庭が圧倒的に多い。本来私は受験屋だから、この時期に受験生ではないご家庭のご相談は少ない。事実現在教えている生徒で受験生ではないものは、大学付属小に通う小学校5年生だけである。
しかし、親御さんたちにとって、「国語教育」という観点なら、学年や月日を問わないわけである。私の著書を読んだ人たちならば、「言語了解能力」の大切さを痛感している人たちである。セミナーや講演も増えているし、次々と出版の計画もある。大学の講師の話もあるし、来年は殺人的に忙しいと覚悟している。しかし小生の身は一つしかない。個人指導の限界を覚える。
読者の中に私の本を読んで、自分も指導ができると感じた人は一度ご連絡願いたい。
2005-11-20 音読講座平安文学編
_ 当ブログでもすでに紹介したやうに、9月よりV-netで、「音読指導者養成講座」なるものを、隔週第2日曜日に開講している。
最初の3回は、カタカムナ音読と和歌音読を徹底した基礎練習。前回より、平安古典に入り、古今集仮名序と伊勢物語の音読練習を行った。
受講者の内訳は、推測だが、塾講師が6名、学校教師が1名、読み聞かせ指導者が1名とやや定着の様相を示し、驚くほど高水準の授業が展開されている。あまりにいい音なので、ギャラリーで参加しても効果があると思われるほどだ。
次回は27日午前10時よりだが、『土佐日記』、『竹取物語』、『蜻蛉日記』、『源氏物語』、『枕草子』、『紫式部日記』、『更級日記』と一気に解説音読する予定。
今回はとくに、「ビジター」を歓迎する。読者の中で、入試直前古典音獲得や、高校古典基礎学習を1回ですませたい高校生やご父兄に是非ともの参加をお勧めする。
申し込みはV-net教育相談事務所まで。参加料は5000円。
次回は、本年最後の講習で、次次回は来年3月12日(日)となるのでご注意下さい。
2005-11-22 V-net劇団
_ 毎年のことではあるが、今年もV-netに学びに来ている生徒たちは皆実に多彩で個性豊か。ここでは大人しいことも個性になるくらいだ。教師の方も、私を初め、皆かなり柔軟かつ個性的だから、まるで劇団のような雰囲気だ。
勉強よりも作文と剣玉が得意の中3野球少年。
口達者でコントの脚本書きが趣味のくせに小心者の高校中退巨漢君。
まじめなくせに人の冗談話はしっかり聞いて一人でニヤリとしている医学部受験浪人生。
キリスト教系女子校が大嫌いの電車の中で痴漢の腕を折った筋トレ趣味の中3マッチョ少女。
美と学歴と社会的地位を同時追求するけど泣き虫の医学部志望高2少女。
信じられないくらい言い訳と言い返しが得意でなかなか授業をさせない私立小5少年小僧。
大人しいのに全く親の言うことを聞かない中3少女。
国語記述解答の勉強が趣味のキョロキョロしていて落ち着きのない中3少年。
超ハンサムで頭脳明晰なのに全く勉強しない私立小6年生。
忙しい母親の代わりに父親が母代わりの超内弁慶の小6四番バッター。
派手で押し出しの強い父親と正反対の超細密思考の東大受験生。
真っ黒ケッケでサッカーをやり続けるため学校予習をさっと片付ける のが目的の高2少年。
日本人社会の不可解さに慣れない実は楽天家の帰国女子。
まじめな教育コンサルタントの父親を持つのにヒマさえあれば人を笑わせるのが趣味の小5少年。
このほかにもなかなかの「役者」ぞろい。
楽しいけれどなかなか疲れる。これがこの劇団の印象か。
とにかく、1対1の個人指導をすれば、生徒は皆個性的。
2005-11-25 受験シリーズ2 受験最重要事項
_ 受験で「成功」する方法は、そのシステムを了解し、「最短距離」を走ろうとすることである。
しかし、その際に最も重要になるのが、己の弱い心の克服である。
何か目的を持って走り始めても、一度壁にブチ当たれば、そこではそれを打ち破る「対処」が不可欠である。そこにはある種のエネルギー
(情熱)が欠かせない。
多くの人はそれを周囲と戦う「意思」だと考える。
しかしそれは間違っていると私は思う。
入試は「決勝戦」における「勝負」とは異なる。なぜかと言うと、入試には、一人ではなく、多数の勝者が存在するからだ。つまりは似たようなものの競争に過ぎない。そして、その場合浮かび上がるのは自分の弱い心との戦いである。
ここではそれなりによく戦うということが肝要である。つまり、「善戦」が肝要ということになる。よく「運」を願う人が要るが、そう言うものは「結果」に過ぎない。それに、「運」とは善戦して初めて現象することでもある。従って、何よりも、まず「善戦」することが肝要である。
自分の納得する努力ーオレはこれ以上はもうできない、「天よ思いのままに雨を降らせよ!」、こういった心境に至ることが必要である。
ところが、人間の心は弱いもので、「腹が減る」、「眠い」、「体調が悪い」、「調子が出ない」、しまいには、「だいたいからこんなことに意味があるのか」、「自分が苦労するのは世の中が間違っているのだ」と言った努力をしないですむ理由を次から次へと思いつくものだ。努力とは、まさにこういう心を克服するためのものなのに、人は自分の思いついた「言い訳」に逃れ、それに埋没する。
このことに自覚的でないものは、自己の「弱い心」を容認していることになる。僭越ながら私は、これを「愚かな状態」と呼びたい。この認識のないものは、自己の特別な好奇心の対象に埋没するのでなければ、永遠に同一軌道上を飽くことなく巡回する。決して螺旋構造的な「上昇」に気づくことがない。
このワナにハマらないために欠かせないのが、自己の全体向上に対する好奇心と、その打開のためにわき起こる「創性」である。
最先端における自己向上の楽しさ、次々に発生する「壁」を打開するためのアイディア。このことの大切さの真理を了解できないものは、受験どころか、生きる喜びに「無縁」な人たちである。
まず問うて欲しい。
自分は成長したいのか、それとも流されたいのか。
2005-11-27 平方倍の差
_ 分かったような気にさせることと、本当に分からせることは、平方倍の差がある。
教師の方は、前者で気分がいいが、生徒の方では後者でなければやってられない。
しかし、後者に至るには、双方の努力が必要不可欠である。
分かった気分で終わらせる教師もいけない。
分かった気分で終わる生徒もいけない。
教師と生徒の「談合」は許されない!
つねに、分かっているか?と問わなければならない。
試験とは本来、この、「分かっているか?」を試すために行うべきものである。
だから、あまりに「知っているか?」を問い過ぎてはならない。
分かっているかがなおざりになる。
とはいうものの、分かることは多様である。
そこでは知性だけではなく情動も利用されなければならない。
生徒は分かることに好奇心を、
教師は分からせることに好奇心を、
つねに胸に抱くことを忘れてはならない。