2005-12-06
_ 「我思うゆえに我あり」か、それとも「我思うゆえに我ならぬ何者かが他に存在する」か。
私は、「我思うに、光りあり」だと思うのであるが・・・・。
エネルギーの現実的象徴としての光、これが感知されない者は、同一円周上を「遡行」し続ける。彼らの確認したいことは自らが回ってはいるということにすぎない。ここでは、自己愛のフェティシズムがナンセ ンスであることが追体験できない。
境地は、「時間外」のものであり、全ては自らの「認識」と「偶然」によって決定される。
そしてその「認識」は、「過去」の規定を免れない。
茫漠たる荒野。
境界線の果ての雲海。
地平線の彼方の光沢。
人は、常に「空」という実在の認識に失敗し、
現実下のリアリティーを喪失する。
人一切一人。一人一切一人。
価値判断と自己の存在確認は同等である。
境地近辺を蚕食することは容易い。
しかし優れた「羽化」を伴わないものは、究極「無明」である。
自らの意思に基づく「鋭意」の連続。
それができるものは幸いである。
各人奮闘努力せよ。
2005-12-10 小さな勝利の物語
_ いや昨今の入試は本当に多彩である。
以下は実名が分からない様に創作的に書くのでご注意。
ここに30代の一人の男がいる。
男は、高校時代の肉体的挫折の上に、3年も浪人して、たった一つ合格した3流私立大学の経済学部に進学したが、これも止むなく中退した。生活のための種々様々のアルバイトに明け暮れ、そもそも経済学に全く興味がなかったことの結果であった。この、実に体格に恵まれた男の、バイト体験の核心的な答えは、「屋根の下で仕事がしたい。」だった。
25歳を過ぎたあるとき、男は自分に教育の才能があることに気づいた。何せこれまで苦労のしっぱなし、勉強に困っている子供の気持ちが実によく分かるというのだ。
男は自分で小中学生相手の塾を興した。
この塾は、開塾5年ばかりで、あれよあれよと地域の評価を受け、年々益々成績が優秀な子が入塾して来るのだそうである。
すると、親達が訊く、
「塾長の最終学歴はどちらですか?」。
このときに、大学名を出すことも、中退歴を述べることも、いずれの場合も大変苦しい。普通だったら、誰もが使う「早大中退」と口にするところだが、この男は正直でそれが言えない。生徒には抜群の信頼がある。ないのは学歴だけ。
てなわけでこの男、とある国立大学の社会人入試枠に目を留めた。本気で学び直そうというのである。ところがこの男、少しばかり賢かった。塾教師心得の参考として読んだ本の著者の松永に相談に来たのである。松永は実は小論文面接入試で入れるのが最も得意という噂がある。
授業5回。私は、小論文構成術、面接対応マニュアルメソッドを授けた上に、例によって、小論文のテーマを予想した。私は、小論文出題予想対策に自分以上のものはまずいないと自負している。小論文入試の極意。それはすなわち本年度の出題予想である。はっきり言って、医学部はカモ、早稲田は九分通り、慶応は50%。その他は、ほとんど、5例
示すと、その中に入ってしまう。都立校の推薦入試などは毎年大変美味しくいただいている。
ともあれ毎回、男は実に良く復習して来た。
観点の抽象化とその再構成に欠かせないキーワード。過去5年でも遡れば、誰にでもそれは容易いこと。しかし面倒くさいのでみんなそれをやらないだけだ。
さて社会人枠の入試というのには、彼以外には、若くて再起を期すが妙に元気のないもの、30前の元気なお姉さん、60過ぎの定年退職したヒマなオヤジ達が応募するのだそうだ。
募集は「若干名」。抽象構成法を知らずに、インタビューの極意も知らない連中。敵ではなかったようだ。
彼は合格した。初めて第一志望の、それも胸を張って名乗れる国立大学の教育学部に合格した。
苦節実に18年。涙をこらえた彼の電話の精一杯のユーモアは、
「来年から僕は、学割で映画を見ます!」
だった。
2005-12-16 反省
_ 智者である隣人に礼申し上げる。
年甲斐もなく、自己の至らなさの痛感は心わびしい。
私は、生徒が大人を、そして教師を馬鹿にする対象とすることを禁じ得ないと思い、これを容認して来た。それよりも生徒が無意味に葛藤することを早期に解消することを優先した。
最近、生徒の一人が、内部進学絡みで素行が悪いと学校に評定された。教師への態度が悪いのである。
そもそも学力の問題の解決を目的に指導したこの生徒は、それが難なくクリアーされると、学校教師を見下すという挙に出た。
彼は学校の授業が退屈でならない。そしてそれを態度に現す。これを教師が咎めると、「抵抗」する。
私は、少なくとも自分が、日常生活不満で一杯の彼が、その解消のために教師を見下すことに協力した覚えがある。
常々自ら口にする様に、「一切の子供の行動には、親や社会の関与があると認めざるを得ない」という認識により、これまでの自分の指導法に責任があったと実直に思う。
この問題は、ある意味で、「無意味は容認されるべきか」という認識問題に拡大されようが、認識問題には結論が出ないので、規定の枠組みを遵守するものが正しいという社会的結論に至るのである。
しかし、言うまでもなく、人を馬鹿にした言動をはばからないことは非倫理的である。
この真理のもとに、私は生徒に謝罪しなければならない。
いかなる感情も持ちうるが、それを表現するか否かの見本は、彼より年長者にある。あまつさえ影響力のある教師にはなおさらである。
学校は言ったそうだ。
「塾の先生を選ぶ方はどうぞ遠慮なく他校を選んで下さい」
潔く生徒に頭を下げて、テキストを『福翁自伝』から『韓非子』に切り替えることにする。
最近出版物が増えて、私的な至らなさを補いきれなくなって来た。
「引退」という名のトンネル出口は前方にぽっかりと現象して来た。
著作の出版は、間違いなく著者を、不自由にする。
これだけは、知る人ぞ知る事実だ。
以後私は私的に自由な言動を意識的に抑制する。
自由に社会的制約があることを受け入れる。
つまり私は最早「アナキスト」ではない。
「私人」ではなく、「公人」として吠える。
畢竟、今の我が国の教育は全く誤っていると。
2005-12-17 ミスについて
_ 警戒は正しいが、誤解は間違っている。
誤解しないためには、覚醒が必要であるが、
覚醒していても錯覚は起こりうる。
なぜなら錯覚は、感官を通じて発生するからである。
錯覚を避けるには注意が必要である。
注意とは意識的な覚醒である。
ミスをするものは、注意が不足するからではなく、意識が希薄になることに自覚的でないからミスするのである。
従ってある特定のミスを避けるためには、日常生活のあらゆる分野で恒常的に意識的にそれを排そうとする習慣がなければならない。常にこころに念じていなければならない。活動の部分集合に「瞑想」がなければならない。
ミスをしない自信があるものは、最もその環境を観察把握するものである。
密林内における狩り。
ミスらないことは、限りなくヒーローに近い。
同時に、勘の良いものは、限りなく本質的な判断ミスから遠い。
でも、本質は、限りないミスの捨象によって帰納決定されている。
ということは、本質は、限りなく不定である。
アストラルへのエナジー。
エナジーは、点滅する光体に暗示される。
他者のミスを咎めるのが傲慢であれば、
自己のミスを咎めないのも傲慢である。
行為しないとき、ミスは現象しない。
行為するとき、ミスは一切の前提になる。
この項において、愚者と勇者は一体化する。
2005-12-20 教員錯減!
_ 政府行政文科省の最悪のシナリオが出た。
少子化社会に鑑みて、教員を2万3千人減らすというのだ。
本当に、分かっちゃあないなあ。
30年前に「30人学級」が必要だと唱えて、実行に移るのに25年以上流れた。
今はもう、24人学級に二人の教師が必要な実情である。
無能な教師(公務員)を辞めさせるのには賛成だが、教育人材数の削減には強く反対したい。
教育行政はいつでも同じ、議論している間にアっという間に20年が過ぎる。
つまり、これを唱えるものこそ無能である。すぐに教育行政から手を引いて引退して欲しい。
もう分かっているよ。
ごく一部の「エリート」とその他大勢の労働者の図式観点。
文科省の温存を容認してこの決断はない。
官僚と天下り先に払う税金と教育委員会人材費と教科書会社関係益、おまけに結果的に何の能力も権限もなかったことになる中教審、これらに支払われる無駄な金を削って教員の給与を確保すべきなのだ。増税の上、最もかけがいのない未来資源への資金投入を制限する。こんなことは絶対に間違っている。他ならぬ政府のために申し上げたい。
我々は絶対にだまされてはならない。
文科省には国民未来の改革なぞするつもりは毛頭ない。
彼らの唯一の願いは、過去の利益をもたらす権力の温存である。
全ての改革は既成の組織が完全にだめになったときに唱えられるのだ。
2005-12-22 名古屋
_ 久しぶりで名古屋に行って来た。といっても、二年ぶりくらいであるが。
名古屋は相変わらず謎だった。
バブル期にも驚いたが、相変わらず人々は元気である。余裕がある。人間的である。
彼らは車内のマナー良く、会話における笑顔を絶さないない。
レストランでも、注文の品がやって来ると実に素直に嬉しそうな表情を見せる。
東京では全くそんなことはなくなってしまった。
仏頂面か目を瞑った、他者の存在を全く気にしないマナーモード。
おまけに名古屋の高校生達は東京より遥かに大人に見える。車内での携帯いじりやウォークマンも少ない。建物も個性的なものが多く、絶えず何らかの自己主張がある。見た限りではあるが、車内で飲食するものや、化粧をするものはいない。
どうして名古屋は元気なのだろう。
トヨタのせいだろうか。
私はバブル期にトヨタ幹部のご家庭で家庭教師をした経験があるが、驚いたことに、景気低迷の中、休めばいいのに土日も出社するのである。私はその理由を尋ねた。
答えて曰く、「社長が、一人もクビにしないから、全員で集まってどうしたら良いのかを一生懸命考えて欲しいと言うんだ。」
今更ながらに奥田氏は凄いと思う。社員全員にアイデアを出せというのである。
その結果が今のトヨタを生んでいるのは明らかなことである。
自己流のアイデアを人にアピールすること。
そこには表現活動を前提とした何かがある。考えてみればサービス産業なぞ表現行為の最たるものだ。
東京では表現行為に対する位置づけは限りなく無に近い。アイデアは人の出したものをかっぱらうことになっている。
名古屋は驚くほど美術館の多いところでもあった。
2005-12-23 受験勉強と表現活動
_ 午前零時。
今日は12時間連続で指導した。疲れながらもなんとか最後まで走り切った自分に納得するが、最早毎日連続してやることは不可能だ。
でも書かなければならないことは沢山ある。というよりも、多くの人が表現活動しないゆえに精神バランスを崩しているのを目の当たりにして、私も働き過ぎた日にはかえってこれをするべきだと、魂を奮い起こす。脳裏には宮沢賢治の姿が浮かんで来る。
ブログが日記と違うところは、それが他者が目を通すことを前提とした表現活動であるところである。表現する時、人は完全な「個人」になることができる。「個人」を喪失した時、人は自己の所在を見失う。つまり、精神バランスを崩す。
記憶力の可否が決定的な分かれ目になる試験制度。
しかし、小学1年以来その暗記力の発育をもたらす具体的な授業は一度として行われない。
レトリック読み取りの能力が決定的な分かれ目になる試験。
しかし、本質的な読み書きの力を増進する教育は全く行われない。
ここには着想力と表現力への観点が限りなくない。
人間の能力を極小化している。
これについて無反省なものたちは、これからの教育の場にあることはできない。
ゆとりも総合学習も何も変えることはできなかった。
学歴勝者の集まりの中教審も試験制度に対する言及をすることはできなかった。
私には受験産業がゲラゲラ笑う姿が目に浮かぶ。
2005-12-24 昔の生徒
_ 先日ある塾経営者と話していると、「卒業した生徒達が全く顔を出さなくて虚しい」とうち明けられた。
私は、過去の生徒の実に多くと今だに交流がある。彼らは勝手にV-netに寄り、授業が終わってから飲みに行こうと誘って来る。ランチタイムを狙ってくるものもいる。もちろんV-netで家庭教師をするものもいる。
しかし、近年私の忙しさは殺人的なので、予めアポイントがないものとはまずご一緒することができない。
先週アメリカに留学中の生徒が尋ねて来た。予め電話を入れてくれたので、ゆっくりと昼食をとった。偶然タイミングも良かった。
彼の話によれば、アメリカに行ってから益々私から学んだことが役に立っているという。ご挨拶ではあろうが、率直に嬉しく思う。
この生徒は、有名私立高校を、「馬鹿らしくてやってられない」と言って中退し、雀荘に入り浸りになり、親御さんの最初の依頼は、「ギャンブル場から引き抜いて下さい」と言うものだったが、ここでも私の過去の経験が生きた。
ご存じない方もあろうが、学生時代、私は家庭教師の収入と同じくらいの勝ち金を麻雀で得ていた日々があった。つまり、コンスタントに毎月20万以上勝っている時期があった。
私は少年に、自分のギャンブル体験を語り、いかにそれが時間の無駄か、いかにその場にいる人たちと過ごすことが後で虚しいかを説明した。同時に彼がギャンブルの天才であることを確信した。
彼の体験談は、かつてないほど面白いものだった。はっきり言って、親が聞いたら呆れて絶句するような内容であった。
彼は、「ギャンブル以上に面白いものはこの世にない。自分はギャンブルにしか興味がない。二度と日本の学校に戻る気はない。」と断言した。仕方がないので、小説の書き方を指導内容にして、カウンセリングを続けた。そしてある日、彼に提案した。
「ラスベガスのネバダ州立大学に、カジノ学科があるが行ってみないか?日本人社会はつまらないが、アメリカ社会は面白い。是非若いうちに見て来た方が良い。」
彼は俄然興味を示した。英語の勉強を始めた。ギャンブルからも足を洗った。
アメリカに渡って半年、語学研修を受けて、9月から大学に入学した。
「帰って来て驚いた。なんて日本人は生活がつまらなそうな顔をしているのだ。僕はグリーンカードをとるつもりだ。将来はアメリカに住みたい。」
彼の他にもいろいろ来る。だが、いかんせん私は忙しい。迷惑なくらいである。彼らの人生相談に乗っている暇はない。
春になったら、またV-netでパーティーを開こうと思う。
2005-12-28 見殺し
_ いささかブラックだが、私には「見殺しの松永」という隠れたあだ名がある。
これは、高校時代に、ある友人たちの行動分析をして見せて、「まず悪い状態に収束する」と予言し、実際そうなることが重なるうち、「ではどうして前もってそのことを伝えないのか。そうしないことは人間として不親切になるのではないか」と問われて、「そんなこと今の本人に言っても通じるわけがない。それに、もし万が一僕が間違っていたとするなら、彼にすまないことをしたことになるではないか。大きなお世話だろう。ただ見ているしかないさ。ただ僕が気がつくのが少しばかり早いだけさ。誰も気づかないんだからあえて教えてやらなくとも罪はないではないか。」と言った覚えがある。ここには前提として、やや鋭利な人間観察力がある。
この能力が教育カウンセラーの仕事に大いに役立ったことは言うまでもない。しかし、今度は違う。クビになるのを覚悟であえてそれを口にするのが仕事なのだ。これはほぼ9割以上受け入れられて来たが、場合によっては了承しない人たちが出る。面白いことは、超高学歴者は、ほとんどが受け入れることである。その理由を考えると面白いが、長くなるからここでは止しておく。
私は「絶対」ではない。それどころか多くのミスも犯す。だが、教育相談を私ほど長い間やって来たものがまずいないことも事実であろう。事実、過去において私のアドバイスに従わなかったために、大失敗したケースが少なからずあった。また、稀ではあるが、この逆にご家庭の判断が正しいこともあった。そしてこのことがまた私の判断基準になる。
子供の健全な成長、健全な親子関係を無視して、ただ受験だけの成功を第一義にする親は、言うまでもなく愚かである。最早にっちもさっちもいかなくなった修復不能直前の状態で、再度相談に来た人のいかに多いことか。世の中には失敗しないと分からない人たちがいるのだ。私自身を含めて。
世の中は不思議である。経験豊富な医者の言うことには耳を傾けるが、教育コンサルタントの意見には耳を傾けないのである。私はこのことを察知すると、高校時代同様、クライアントにやりたい様に任せる。望まれれば最終的なフォローを行うが、元のレベルを回復することは当然不可能だ。
私は学校の先生ではない。教育相談の専門家である。クライアントの皆様の完全な「味方」である。だからできるだけ親身になろうとするが、真のプライバシーにはその人独自に決定したイメージの世界がある。そのイメージに基づく追求と経験はその当人の勝手である。これは誰もが行う一種の博打であって、他者はその馬が絶対に来ないことが察せられてもそれを口にするべきではない。
私自身は、私にアドバイスしてくれる人を、「親切」だと認識し、できるだけ大切にしたいと思う。他者がわざわざ口にしてくれる意見を参考にすること、それは人間生活上の極意でもあろう。
2005-12-29 不良中年@吉祥寺
_ 珍しいことだが縁あって、一夜高校の同窓数人と集まって飲んだ。場所が吉祥寺なのは、高校時代の根城であったことと、私が吉祥寺在住であったからである。
彼ら4人は高3時の同クラスで、そのうち二人は我が栄光のボンベイ〜パリ間自動車旅行の同行者だった。
私だけが隣のクラスだった。
いかにもナニワ金融道ご登場の弁護士。
一見芸術家風のコンピューターシステムデザイン会社経営者。
いかにも自民党悪役政治家のような人材派遣会社経営者。
ただ一人の勤め人が、他により良い転職先がない大手新聞幹部社員。
全員身長175センチ以上。全員喫煙者。明らかに異様な中年集団である。しかも彼らは周囲をほとんど気遣わない。それでいて吉祥寺の町を乱さない。
このメンバーの共通点は、私を含めてこの中にもその友人にも東大関係同級生が全くいないことである。
全員東大落ち。我々は東大選良組とは別の独自のカルチャーを作ることに十代を蕩尽した。
一浪、一浪留年、2浪留年、3浪。3浪は中大出の弁護士である。
そこには十代でこの町で遊び過ぎた恐るべきふてぶてしさの香りが漂う。
十代で不良になることはヤバイ。
しかもそのまま上手く生き残ることはもっとヤバイ。
ここには不良が社会的重圧をはねつけ不良のまま成長し続けた証がある。
彼らは、いわば、世間で絶対に敵に回したくない集団なのだった。彼らは全員合法的なアウトローだった。どんなことにもすぐ対処する能力のある都会のドブネズミだった。誰しも都会で彼らを敵に回すことは無意味な相談だった。それはモンゴル平原で、チンギスカンの騎兵部隊に遭遇することと同等であった。
そして、それは、他ならぬこの私にも当てはまると思う。
都市公立校における、信じられないような生存競争とその倍増結果がそこにあった。
いかん、いかん。私はどういうときでもストイックなポーズがハーレーダビッドソンなのだった。
彼らは、私を生まれて初めてカラオケに引っ張り込み、延々と松任谷由実や松田聖子やビートルズや都はるみに、おまけにキャンディーズを尻を振って絶唱するのであった。このメチャメチャさ、しかも私に、まるで張り型のようなマイクを突き出して、ワイルドワンズの『思い出の渚』を歌えというのである。ついて行けません。でも、なぜか歌ってしまいました。
死にそうになった3時間の果ての午前1時。
彼らは仕事を理由に辞去する私を尻目に、まるで蒸気機関車のような恐ろしい肩をいからせながら、次の目標地点を目指して駅方面に消え去った。
彼らの半分は来年50歳である。
不良は健康でなければやれないのであった。
それにしても、つくづく公立高校出身者は恐ろしい。
なぜか、ルソーの「孤児院」を思い浮かべる。
しかし私には自信がある。
彼らの中で本当の不良はまぎれもなく自分である。
しかし、憎たらしいことに、多分彼ら全員がそう思っているにも相違ない。
主体的不良にケチを付けることは無意味なのだった。
2005-12-30 『脳内汚染』
_ 岡田尊司著『脳内汚染』(文芸春秋刊)を読んでいる。
京都医療少年院勤務のこの勇気ある博士の一書で、ついにテレビゲーム論争には結論が出た。
臨床データがほとんどの私にとって、科学的な考察はありがたい。
これまで何度も、テレビやテレビゲームの弊害について口にしてきた。
文章にも書いたが、何せ「臨床的に悪いことが多い」としか言いようがないから説得力に欠けた。
それをこの本は大脳生理学的に解明した。
やはりキーワードは、「ドーパミン」と「中毒症状」であった。もう一つ、「アドレナリン」の観点もこの本から授けられた。
青少年のおぞましい事件の積み重ねを見て、早くからその原因の主体を「ゲーム」と「テレビ」と「ネット」と直感的に踏んでいた私にとって、これを許し続けた大人達への哀しいほどの怒りを禁じ得ない。
子供が生まれる直前に、唯一の映像メデイアであったテレビを捨て去って17年が経つ。
このことが子供の発育、特に感受性の面においてどれほど適切だったかについては、改めてシュタイナーとモンテッソーリの慧眼に敬意を表す。
8歳児における3時間以上の連続ゲーム遊びの恐ろしさ。それはその年齢の我が子に覚せい剤より恐ろしいものを与えていたのと同等なのであった。しかもそれは目の前のスイッチを入れさえすれば手に入る「薬」だったのである。
この衝撃の事実を前に、我々教育者はここに解決案を早急に出さなければならない。
僭越ながら、私はすでにそのいくつかを提案して来た。
言うまでもなくそれは、カタカムナ音読法とカラムボードである。
しかし、医学的な本当の解決は瞑想法にあるのではないか。
ゲームをやったのと同じ状態で長時間瞑想すれば回復に向かうのではないかと思うがいかがなものか。
2005-12-31 風邪
_ 飲酒,喫煙、運動不足のくせに、私は風邪を引かないことで有名である。
特にインフルエンザは長年患ったことがない。
これには秘訣がある。
読者の多くには実行不可能であろうが、それは、
① 電車に乗らない
② 人ごみー特にデパートなどに行かない
③ 風邪を引いている生徒と同室したらサウナに行く
である。
特に、③はきわめて有効である。
むかしから、「風呂屋で風邪はうつらない」という。
なぜかと言えば、風邪のウイルスは乾燥した空気に乗って気管支にへばりつくからであり、また高温湿気を嫌うからである。3時間以内ならほぼ100%の成功率である。
サウナはまさしく北方フィンランドの知恵である。
これなら家族そろって肺洗浄ができる。
ところがこの禁を破ってしまった。
高校の同級生と飲んで生まれて初めてカラオケに行った後、かかりつけのサウナに間に合わない時間になったのである。
これ以外に原因があるかもしれないが、朝起きると何となくけだるくて、いかにもインフルエンザっぽい下痢をした。いつもの習慣で風呂に
入ると、いよいよ調子が悪い。で、やっとのことで事務所に出ると、約束の生徒が時間を間違えていて来ない。すぐに家へ帰り、コピー用紙をはじめとする事務用品を買いに車で出る。ハンドルが重く感じられる。やけに肩が凝って関節が痛い事務所へ運んで家へ帰るがいよいよ調子が悪い。午後一の生徒をキャンセルして、神頼みのサウナに行こうとすると、家人が、「医者へ行け」と言って勝手に予約を入れてしまった。熱はない。吐き気もない。下痢ももよおさない。ただ力が出ない。
インフォームドコンセント中毒の医者から、抗生物質の処方箋を奪い取ると、薬局で最新型抗生物質ジスロマック購入。これを口に放り込むとだめ押しに医者の知らないサウナに行く。いや〜サウナはつらかった。サウナから帰ると午後5時就寝。途中喉が乾くと、計16個のミカンで生ジュース。夜中に例の抗生物質が風邪の菌と戦っているときのよ
うな一時の身悶え。かくして午前7時起床。完全復調ではないが、なんとか出られる状態。
重装備。10時より連続で8時間四人の受験指導。その間に確実に回復。
ひょっとすると風邪ではなかったかもと思ってしまう。
私にとっての一番の薬は、この時期に風邪を引くわけには絶対に行かないという職業上の細心の注意なのかもしれない。