2007-09-28 黒鶏
_ 黒鶏
_ 近地満月カミのみぞ知る。
_ ほとんどの鶏は自分で卵を温めない。
―いつものように腐った卵を捨てようとした。
そうしたら中からもぞもぞヒヨコが現れたのよ。
びっくりして抱き上げると、ピヨピヨ言うの。
目が合った‥…ということは。
_ <大中略>
_ 細身の奥さんが、「ピーちゃん」と言って座敷を走る。
すると、生まれたばかりのヒヨコが彼女を追って懸命に走る。
小さい羽をパタパタさせて大はしゃぎで走り回る。
やがて彼女の掌に包まれて、広い座卓の上に来た。
すぐチョロチョロする。絶え間なくピピピピ鳴きながらコツコツと何かをつつく。老眼ではない。
しかし、母役が、「ピーちゃん」と呼ぶと、あっという間にその前に戻る。
「ピーちゃんえらいねえ、呼ばれているのが分るの、アタマいいのねえ」
生後10日あまりのヒナ。いくら何でもそれはないだろう。滑稽である。
「信じられないんなら、自分でピーちゃんて呼んでみればいいじゃあない」
そう言われて、半ばバカバカしいやら恥ずかしいような気分で、
「ピーちゃん」と呼んでみると、信じられないことに見事鳥は一目散にこちらへ来た。
明らかにヒヨコである。まだ、毛の色が薄暗い鶏のオスのヒナである。
また向こうで呼ぶと、あっという間にあちらへ行く。
わざと渋い声で、「ピーちゃん」と言ってみる。
まるで当然のように、すぐにトリはこちらへ来る。
向かいのご主人も、まるで命ずるように「ピーちゃん」とやる。
当然トリはそちらへ行く。
この後トリは、約2時間、卓の上をぐるぐる動きながら絶えず何かを食べつつ走り回りクソも漏らし飛び跳ねっぱなしで茶碗に落ちても休むことなく運動し続けた。
「ピーちゃんもう寝る時間よ」と呼ばれて奥の部屋の鳥かごに戻された雛は、まるで戻せと叫ぶがごとくしばらくピピピピ鳴き続けたが、その声はやがてほぼ同音の外の虫の音に紛れて聞こえなくなった。
名月がまた雲間から顔を出した。
鳥の種類は烏骨鶏だそうだ。