ブイネット教育相談事務所


2005-05-14 「組織人の無自覚無責任」

_ 筆者は就職というものをしたことがない。また、学校以外のいかなる組織にも属したことがない。その理由は若き日の旅行の経験による。 21才のとき、インドのボンベイからフランスのパリまで陸路自動車旅行をした。インドでは自動車事故に、アフガンの砂漠では危うく死ぬ目にも遭った。革命直前のイランでは戒厳令も経験した。 この旅行中、筆者は大自然に密接に生活する人たちの暮らしを多く見聞した。その結果驚くべきことを知った。これらの地では、全ての子供の目が輝き、大人の男は歳を取るほどイイ顔になるのである。日本の電車の中の人々の顔にうんざりしていた筆者にはそれは実に新鮮且つ不思議なことだった。「なぜだろうか?」その理由はすぐには分からなかったが、筆者は大卒後も就職せず普通の日本人とは別の生き方を選択することにした。アルバイトをして芸術活動を行い、機会があれば旅行する人生を選んだのである。無鉄砲には不安がつきものだが、その生き方を理解し、筆者と結婚してくれる人も見つかった。可愛い子供も二人できた。 最近、ギャラップの調査で日本人の会社への帰属意識や仕事への熱意が世界最低水準という結果が出た。すでに我国では、公僕たる公務員の怠慢が目に余るものになっている。人のためになる仕事に就いて一生懸命働くことができない人たちを理解することは極めて困難なことである。なぜだろうか。特に未来の子供の教育を請け負う教師たちが積極的に仕事をする気がないのはどうにも理解ができない。すると、教師たちと同様に自分の仕事に意義を見い出しやすいはずの警察官たちの不適切な現場対応が相次いで報告されるようになった。痴漢の犯人もこれら公務員が一番多い。どうしてだろうか。 子供達の学力低下は全て大人社会のせいである。公務員たちの職務怠慢はその上にいるものやシステムが悪いためである。思えば田中角栄氏の頃からであろうか、政治家や官僚トップが自らの利権に公然と走るような風潮ができた。すると、下位のものたちにもその傾向が伝染した。文句が出なければ、表ざたにならなければ構わない。企業は自己利益のみを追求する。労働者はできるだけ働かずに高賃金を得ようとする。こうしてオレオレ詐欺のような拙劣な犯罪が横行し、電車内の痴漢行為が横行する世の中となった。バレなければ社会の害になることをしても構わないという忌むべき風潮は、間違いなく上のものを見本に拡がった。 こうしてあっという間に日本は倫理観のない国になった。すると政府は、道徳教育だの教育勅語復活だの言い始めた。これはどこかオカしい。教育勅語は儒教主義思想そのものである。そして、その儒教とは社会の上層部である「君子」対しての思想である。庶民に対してのものではない。これは「矛盾」としか言い様がない。上のものが反省するのではなく、下のものが言うことを聞かないことがイケナイのだと言うのである。これは儒教主義ではなく、法家主義である。法家主義を徹底すると、世の中に不信感が募り暴動が起るのを待つようになる。これはお隣の中国を見ても明らかである。人口の5%の共産党執行部が、資本主義化した国家の権力を普通選挙なしに握り続けようとする。これは明らかに矛盾である。 教育の現場では、理念に燃える教師たちが排斥され、残った自覚のない教師たちには、日の丸と君が代を押し付けようとする。もちろんこれは逆効果で、そのつけを喰らうのは我国の将来を担う子供達である。しかし、このことについての真っ当な批判はあまり見られない。つまり、この国では、子供達がやる気が無くなる教育を設定することを容認すると言うのだ。しかし、もちろん、こんなことは許されるベからざることである。結果的にニートとフリーターが量産されて年金は風前の灯の状態になった。 未来を担う子供達に最高の教育環境を設定しようとすること、我がVーnetでは、あくまでこれを第一の眼目に掲げ続けたいと決意を新たにする所存である。