2006-03-11 国語力
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最近身辺あわたただしく、つくづくこのページに書くことが自分の生活の部分であることを思い知らされる。つまり、書くことがたくさんあるのにその部分しか記述しないということである。しかしこれは決して「韜晦」ではない。なぜなら出版予定物以外にもペンネームを用いて「秘密」で記述するものがあるからだ。
今年の高校入試は圧勝だった。ほとんど全員が第一志望校に合格した。中には、「奇跡」の部類に属するものが2〜3含まれる。早大学院を筆頭に、大学付属校対処は完勝だった。偏差値で20以上ひっくり返す例もあった。
かく言う私は「受験プロ」である。特に国語と英語は、いかなる生徒のいかなる高等学校の試験でも65%以上取れるように指導することが可能である。
しかし、欲を言うようだが、75%以上は無理だろうか。
日頃本を読んでいない子供たちに、私の指導だけで75%以上取らせる方法はないか。
本年は、その「予兆」が感触された年だった。世間の国語レベルは信じられないほど低いのである。「馬鹿」ではない出題者は限りなく少ない。それらは、超一流校の国語科にしかいなくて、進学塾には中高合わせてほぼ皆無である。学校教師は最早比較の対象にすらならない。「縄文式」とお呼びしたいくらいである。
今年度、改めて驚いたのが、いかなる面接試験も、私が指導すると、全て、「想定内」になることである。当然全員「合格」である。しかもこの傾向は学年が上がるほど濃い。社会人指導に至っては「完勝」である。
前から感じていたが、私が最も得意とするのは面接と小論で合格させることのようだ。
これまで絶えず感じて来たが、私のメソッドは「10年早い」。
今10年早いその私は、「国語試験は出題者との一騎打ちの読み合いである」と洞察するが如何?