ブイネット教育相談事務所


2006-03-27 塾へ行かせない親

_ サピックスで国語力がつかないと判断した親御さんたちの嵐が一段落したら、今度は塾に行かせない親御さんたちの相談が続いている。先日同じ日に2件、塾へ行かせないで筑駒合格を狙うクライアントの相談があった。

「塾に長時間通わせるのは無意味。それ以外にスポーツや芸術など人生に欠かせないものを学ぶ時間が失われる。それに、やっぱり進学塾で国語力がつくとは思えない。」

何とまともな相談であろうか。思いっきり教育コンサルタントらしい仕事ができる。

ひょっとして塾の経営者ではなかろうか,という疑いが一瞬頭をよぎるが(苦笑)、そんなにデキる塾があるはずもない。よって,いつも通り、惜しむことなく全解放で私の知る限りの学習法を伝えてしまう。それどころかどちらも向こうから質問攻めである。

「最後にお尋ねしますが、塾に通わないで筑駒を狙うのは、本当に可能なんでしょうか。」

「そりゃ可能です。何せ国立大付属の教育研究機関ですから、とにかく公平かつ通常の学校教育でも間に合う教育でも合格できないのなら存在の意味がなくなってしまいます。開成や桜蔭は塾でなければ合格できない何かがありますが、国立大付属なら塾へ通わせても受からない、つまり塾に通わせなくても受かる何かがあると思います。だからこそ、塾が商売のタネにしようと必死なのです。筑駒の父兄には、自分たちの考えで子供を優秀にすることができた人たちが必ず一定数開成より多く含まれていると思います。彼らは、6年生の一年間だけならともかく、小学校低学年から長時間塾で学ばせることが教育上間違っていることを確信することができる人たちです。少子高齢化社会という一人一人の人間の役割が大きく、しかも90年以上の人生設計が必要である未来社会を直観できる人たちです。いかなる上級校も、闇雲な努力目標にするべきではありません。「上手に教育していたらたまたま受かっちゃった」くらいがちょうど良い。目指すべきは,創造的で子沢山の人生設計ができる子供を育てることです。そしてそのためにこそ、優れた知恵が必要になります。子供の受験成功にもっとも効果的なこと、それは親が賢くなり続けていることです。だから、研究者や医者や弁護士や作家や多能な専業主婦のお子さんに優秀な子供が多いのです。学歴ではありません。今の世の中では、社会へ出てからも読書を欠かさず、絶えず成長し続けている親の子供ができるようになり易いのです。そしてもしそうではなくなったとしたら、その時は、受験は本格的に無意味化すると思います。いかなる勉強もアタマが良くなるために行うものでなければなりません。」

最近、「マツセン節」とか言われているようだが、この辺でやめておく。