2007-07-02 SEOUL紀行ー連載第16回
_ SEOUL紀行ー連載第16回
ロビーで、タナカさんとソさんとキムさんと合流。リーさん運転の車で、講演先のクレデュ本社ビルへ。
地下駐車場は通路が狭くて驚いた。遊園地のお化け屋敷を思わせる狭い通路を大きな車がギリギリで入って行く。
地下エレベーター入り口脇に、講演ポスターが貼ってあるが、ハングルのみで何を書いてあるのかは分らない。ではなぜ自分の講演ポスターだと分るかと言うと、昨夜飛行機の機内で、朝鮮日報史に全面利用で私のことが紹介された記事があり、これももちろん何が書いてあるのかさっぱり分らないのだが、そこに日本で見た韓国版出版物と同じイラストの絵があり、それがこのポスターと同じなのだ。いかにも遊んでばかりの悪ガキといった男の子がニヤッと笑っている絵である。
エレベーターは一つしかなく、なかなか来なかった。しかし、そのホール内に汚いカーテンで囲われた一角があり、その中からラジオの放送が聞こえ、何やらごそごそ人の気配がするのである。掃除の係の人の休憩所なのか、どうしてそんなものがあるのか分らない。可笑しいのは、そのカーテンの釣りひもが、ガムテープで間仕切りに止められているところで、そのひもは、まるで吊り橋のように弧を描いて中央が下がっているだらしなさだ。
遥か昔、新宿などの地下道にあった何かの印象。外では建設ラッシュで、この国の一気の近代化とハングル化が観察されるが、まだまだ日本の戦後に見られた貧しさが残っているのを見て、なんだかとても懐かしくなった。
ラジオ放送は、夕方のワイド番組風で、先導するアナウンサーに導かれて、次々に交通や気象の情報が伝えられているムードだが、さっぱり分らない。でもそこにはどこか、日本のラジオに繋がる何かがあるのである。
やっと来たエレベーターで最上階へ上がると、そこには、結婚式場に使えそうな天井の高い広間があり、なぜだか奥に大きなクリスマスツリーがあった。入り口に台が並べられ、その上に私の本が積まれていた。ホールはその背後の階段を上ったところであるらしい。
ソさんに、いかにも若き企業幹部といった面持ちの、育ちの良さそうな恰幅の良い男を紹介される。企画部門マネージャーのワォンさんである。型通りに軽く挨拶して、尋ねた。
「どうしてクリスマスツリーがあるのですか?」
「ハハハ、いつもクリスマスの気分を味わうためですよ。」
通り一遍のジョークだった。でも言うだけ企業幹部らしい。
暗くなり始めた空に、正面ビルの屋上に、サムスン電子の英字ネオンサインが大きく浮かび上がっていた。
2007-07-05 SEOUL紀行ー連載第17回
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会場には約300人の人が来ていた。ほとんどが女性の予想に反して勤め帰りの会社員男性が多い。考えてみれば、夜7時では主婦は出られない。夫婦で来ている人もいる。同時通訳はプレスインタビューの時のキム ジミンさんである。
同時通訳では笑いがとりにくい。また私のようにマシンガンのごとく話すものには難しい。イヤホーンを通じて翻訳を聞く聴衆に笑いが起こったとしても、次の話をしている最中になるので、どこか妙な間になってしまう。だんだんそれを了解し、できるだけ文ごとに切って話すようにしたが、後で聞くと、通訳のキムさんは「早すぎて、かつてないほど大変だった」とのことだった。お礼が言いたかったが、疲労困憊の彼女は講演が終わると同時に姿を消した。
国民墓地は「ヒョンチュンワン」という。せっかく覚えたが、考えてみれば同時通訳なので意味がなかった。
著作物を受け入れてもらったことへの謝辞と自己紹介の後、初めに、教育コンサルタントという仕事と受験プロという仕事を説明紹介した。また、今回の訪韓で、両国が驚くほど似ている国であるという印象を語った。自分の上の子が幼児のとき、砂場に連れて行き、そこにいる男の子のお母さんたちのしていることを見て、「ああ自分の職業は将来も安定だな」と思ったこと、次に5年遅れて下の子どもを連れて行った時には、「ああもうこの国の未来はいったいどうなってしまうんだろう」と思ったことを述べ、事実その通りになったことを本に書いたことを話した。裕福さと世間体が唯一の価値基準で、自分自身の判断を持たない親たちが、塾と国家の巧妙な政策に引っかかりまくりであることはおそらく韓国も同じではないかという話し方をした。また、幼い頃から充分に遊ばなかった子どもが、たとえ優秀な大学に入学しても、創性やコミュニケーションの不全で、就職も結婚もままならない現実を報告した。
あっという間に30分経過してしまったので、ここで3択クイズを用いての話に移した。
読者は、「キーズ」という言葉をご存知だろうか。打ち合わせのとき、ソさんが「キーズ」というのを聞いて、「クソガキ」=男の子を言うのかと思っていたが、韓国語では「クイズ」を「キーズ」と発声するのである。東北弁で「つつじ」を「つつず」というのや、栃木弁で「ジュリアナ」を「ズリアナ」というのと同じたぐいだろうか。が、
元は英語なのでどちらが正しいかは分らない。
2007-07-07 SEOUL紀行ー連載第18回
_ SEOUL紀行ー連載第18回
クイズは、予想通り好評だった。これは、たとえば、「息子がしかっても言うことを聞かない。どうするべきか?」といった、子どもの教育上の判断を3択で問う遊びで、日本の女性雑誌で特集され好評だったのを再構成して、正面スクリーンに映しながら解説を楽しむ授業バラエティ風番組なのである。皆さん順調かつ積極的にお答え下さるが、筆者にとっては、この国では「わんぱく小僧」より「秀才読書型」が、我が国より多小、女親あこがれの対象になり安い傾向があることを肌で感じたことが面白い。もちろんこれはより知的階層の願望かもしれないが、ともかく知的で上品なのが好まれるのである。韓国ドラマを見よ。知的かつ上品かつ誠実そうな男が女性の好みなのである。これは徴兵のある世の中では得にくい人材であろう。この潜在的フェミニズム的方向性は、当然日本で観察されたごとく、「男のインポ化傾向」である。韓国版名の意味は『ママもっと小さい声で話して』で、高度成長少子化の中で、男の子がインポ化することが問題になっているようだ。するとここに知的な秀才というイメージがジーザスクライストのようにたち現れて来る。どうしてこの人たちはこうも「倫理的」なのであろうか。同時に「韓国」は、日本の人が行っている先行社会実験をじっと見守っているのです。
私は、倫理は真の愛の部分集合だと思う。そして、性は愛の構造要素だと思う。男が男でいられるのがハッピーで女が女でいられるのもハピネスでなければ楽しくない。フェミニズムには、「男をできるだけ愛さない」という意識要素が必然的に付加されてしまう。ということは、フェミニズムの本当の反対語は「マザコン」ということもあり得るのか?これは面白い。マザコンとは、ゼネコンとはゼネゼネ違って、男をできるだけ自立的に判断行動コンストラクションできなくさせる運動。あれっ?じゃあフェミニズムとマザコンは同じことになっちゃうじゃない。どういうことだろう。残る考えはただ一つ。マザコンとフェミニズムは対偶的関係にあるということ。マザコンが「太陽」でフェミニズムが「月」と喩えられる可能性もあることになる。二つの同一傾向にあるものがあるということは、さらにはそのモデルになるシンボルがあるはずであるということである。フェミニズムとマザコンの同根であるもの。実はそれは、男が女の心を愛さないことではないか。今、男たちは、愛し方の足りなかったことを「反省」し始める。はたして韓国の男性はどれだけ賢いか?それが楽しみである。儒教のイスラムと共通する特徴は、Femineを「捨象」する「傲慢」である。フェミンには「匂い」があった。そして、その反発は「インポ」。我々個々は、実は、支配者以前に、「第3の要素」を捨象してしまっているのではないのか。女と語る時、我々は「男」を捨象する。いや、もっと「男性」になろうとする。でもそれは、「インポ」ではない。実は、「受け入れている」のは、女より男なのだ。我々には構造的な欠陥がある。我々は、女性の子宮なしには、遺伝子の世代交代をできない。女性に「お願い」しなければそれをできない。私は、この「考察」をもとに、「東アジアは実質的に女系社会である。どんな場合でも、子どもの「所有者」は母親であることを免れえないという観点を得る。「特攻隊」も残ったのは母親の「哀しさ」である。「無念」と言っても良い。だからこそ、「生き残り」はグレて見せなければならなかったのである。しかし、母親たちがチンコの考え方を改める時が来た。それが今回の出版の成功の理由ではないか。女の人は最終的に誰かのメッセージを期待するのである。これは男女を問わず、人間の「本性」であろうか。何かを思いつくよりも、何かを真似することの方がはるかに合理的なのである。私は、このことの集積が「文化」なのではないかと思う。良いことを広めること、それが文化なのである。
ゲーム後、人生は90年、「60歳以降の幸せは、趣味と子孫を持つことで保証される」といういつもの哲学を掲げ、「絶えず向上する習慣がつき、同時に女性とのコミュニケーション能力に優れる男を育てようとすることが正解」であると語って、ちょうど90分で切った。
2007-07-10 SEOUL紀行ー連載第19回
_ SEOUL紀行ー連載第19回
講演は好評だった。盛大な拍手の上に、サイン希望者の嵐だった。
私は自分を「愚か者」=「大したことのない人間」と認識するものである。
驚く人も多いが、不肖私は、「フツー」のつもりである。
私はフツーの人間である。好奇心と感受性に逆らわずに生きようとして来た。
私は「フザケ人」ではあるが、絶対に「変態」をしないもの足りない人間でもある。
私は愚か者であるがあまりにバカ過ぎることは避けるつまらぬ人間である。
私は「特殊」ではない。「普遍」でもない。「フツー」である。
そんな私は、人間に興味を持つ人間である。
私にとって、人間ほど面白いものはない。
私にとって、人間ほど理解不能なものはない。
そして、自分もその一人である。
自分には、「究極」の価値判断はない。
というか、「価値判断」は究極的ではないと認識する。
価値判断は結果的である。
誰が現実的なオモロさより結果的オモロさを優先するものか。
意識的にややふざけた方が意識的に全くふざけない時よりもはるかに受け入れられる人間真実は、何を語らんとするのか。
ここで考えられるのは、「ふざけ」とは「善意」であり、客体存在への「歓待」であるということだ。
「戯れ」にはコミュニケーションのもとがあるということだ。
うーむ。私はどうしても「性」の定義を構築できない。
相手を心地良くすることーそれは善意を含みうる。
相手の存在を「理解」するーそれは善意を含みうる。
そうしたい自分がいる。
というのは相手に善意があるからである。
なるほど芸人がお客に感謝するわけである。
「お客様は神様です」という言葉の意味はなかなか深かった。
真に理解するのにあまりに長い年月が経ってしまった
2007-07-14 SEOUL紀行ー連載第20回
_ SEOUL紀行ー連載第20回
会後は、OWLBOOKSの社長さんとの焼肉会席。夜のソウルを黒塗りの車が走る。
リーさんの運転は芸術的である。混雑や信号と言った「先」を読み。決してスピード違反をしないで、結果的にほぼ「先着」する。「割り込み」はしないで、確実に入れてもらって車線変更する。日本でこれができるのは、上手いタクシー運転手の他はパトカーだけだ。無理も無駄もしない。周り中で機会があれば割り込み合いをしているのがアホに見れるほどだ。リーさんの運転は、「君臨する」が最も似合う呼び名だ。
まるでかつての早稲田界隈みたいに夜更けるまでにぎわう学生街。
少し外れて、木立がややある駐車場が広い焼肉店。
「直勘」で、人気店であるのが分る。学生、家族つれ、仕事帰り、全ての階層がある。
我々の席はこの一番奥だった。
ジンギス汗鍋が3器。席は14ある。
私が正面奥。斜め右前がソさん。やがて左前に社長のキムヤンゴン氏が現れた。この人は実に「情報」に目が見えた人。経営者的苦労の中年男の表情に、なぜだか共感を持つ。自ら私と社員に次々とビールを注ぎ、「乾杯!」
最初が豚肉ジンギスカンプルコギ。生姜の味が冴えて美味しい。
机の上に、次々と銀色の小皿が並ぶ。「ナムル」の中身が、もやし、ほうれん草、ゼンマイと、別々に出る。紫蘇の葉のようなものの漬け物、キムチ、カクテキ、イカあられ、ニンニクのしょうゆ漬け、クルミと何かあえたもの、そして韓国海苔、その他全約12種。
紹介を受けた中で最年長の、「私はハヤシです」と言った、リムさんは、ビールに焼酎を入れて一気にあおっている。こういう時はすぐ真似をすると喜ばれる。世界各地共通で有効ある。しかしこれはいただけなかった。焼酎に甘い味がついているから、サイダーとビールのチャンポンのような味になるのである。
店の中を見回すが、韓国には焼酎が少ない。いやほとんどない。日本のようにあらゆる銘柄がずらりと並ぶということはない。これはお客のニーズの結果だろう。韓国人は酒にあまりうるさくないのだ。この辺りおおらかでおおざっぱな気質と、気が利いてやけに細かくこだわる気質の違いが鮮明に浮かび上がる。
連続3杯あおり続けるリムさんを見ているうちに、実に懐かしい時代の老人の姿を思い出した。日本でも1980年代ころまで見られた老人たちである。今彼らが漂わせていたものが何か分る気がする。それは戦争の匂いだ。戦地に行って死ぬ目に会った人たちの感触である。リムさんの体から出ているのは、シベリア帰りの老人に会った感触とそっくりである。韓国人にとって「戦争」はまだ終わっていないのである。日本と韓国の最も大きな違い。それは、韓国には「戦後」がなかった点である。いくら何でも60年が経過すれば、その痕跡を訴えるものはごく少数になってしまう。しかしその間も戦争が継続して、しかも徴兵制があれば、男たちの中には生の戦争を体験して帰還するものたちが含まれる。戦没者、負傷者。そして口では言い表すことが不可能な体験をして来てしまったであろう人たちの持つ匂い。それこそが我々が国民墓地や靖国神社に行った時に感ずるものではなかろうか。戦没者の墓地は、平和への誓いをするところでなければならない。かつて病床の亡き父親に、「グァムかサイパンでも行って療養してくれば」と言って、「おまえは私が今さらそんなところへ行って足を伸ばすなんてことができっこないということが分らんのか。いったい何人死んでると思っているんだ。馬鹿を言うにもほどがある。」と怒鳴り返されたのを思い出す。彼らは死者を意識して生き続けているのである。
韓国人の酒には、日本人の酒よりも酔う目的が強い。それは何かを忘れるためであるかもしれない
2007-07-20 SEOUL紀行ー連載第21回
_ SEOUL紀行ー連載第21回
私はまだ韓国の人との距離感を意識している自分を認識する。この距離感は、どちらかと言えば、向こうが発する潜象である。しかし、酒の力がそれを滅しつつあった。社長さんは育ち良く人良さそうで、奥さんの尻に敷かれているというよりも奥さんと子どもたちを本当に愛している印象の男。しかし、その額から金の計算の苦労も消すことが出来ない経営者。好感を持たないわけがない。彼にとって私は「感謝」の対象である。私は、「あなたがお相手で良かった」波動を出すことにした。できたら、「フェロモン」で行きたいが、そんなものを出す力があるわけがない。まあムードってわけよ、簡単に言えば。てなわけで、各々目の前の、支那鍋をひっくり返して釘で穴を空けたような、韓国版ジンギスカンを突っつくうち、「焼肉教徒」となったのでありまする。
酒席中央筆者左手に好奇心満々社会科見学優等生のタナカさん、ついに彼は扶桑社外経費で歓待されている。右手に翻訳者のユンさん。筆者正面は、私同様働き過ぎの中年男社長のキムヤンゴン氏。正面その右が物怖じしない、若き働く、最も現代韓国的な女性のソさん。この人の度胸は釜山仕込みだそうだ。実は、「度胸」よりもっとたちの悪い、健全な「好奇心」の強い女性なのであろう。この人はアタマが速い。社長左がエイジェンシーのキム嬢。彼女はアタマが良い。「状況」を了解する力に優れる。一見物静かなのに好奇心が深い。早く「作家」になった方が良い。彼女のさらに左隣は、焼酎ビール割り(正確には、「焼酎ビール落とし」)をあおり続ける、今や「過去の記憶」を捨象して、相好を全く崩して上機嫌のリムさん。左右奥も楽しそうに盛り上がる。いつも思うが、焼肉を焼く時の効果音は、人類を平和な心境に赴かせるのである。我々モンゴロイドは、少しの翻訳で、かくも交流できるのである。同時に、死んだ父が言っていた、「両者シャンシャンシャンがビジネスなのよ」というのがよく分かる会であった。
2007-07-24 SEOUL紀行ー連載第22回
_ SEOUL紀行ー連載第22回
外へ出ると、薄茶のスーツのリーさんがすぐに走りよって来る。
「先生、この本面白いですよ。私にもサインして下さい。」
待ちながら本を読んでくれていたのである。
夜のソウルを世宗路光化門近くのコリアナホテルへ。ここらはアメリカ大使館、日本大使館、文化会館各新聞社が集まる情報中心地域。
ホテル前に車を止めて、そこでソさんとキムさんにお別れを言おうとすると、彼女たちは、なおもホテルの中まで見送るという。結局ロビー前のエレベーターのドアが閉まるところでお別れ。明日のヨンセ大での朝鮮日報講演会は10時半からだが、ソさんは会場での準備があるので9時にキムさんが迎えに来るとのこと。
エレベーターの前まで見送られると、何か見張られているような気になる。昼間、街を車で走ったとき、世宗路市庁舎前で、何かのキャンペーンをやっている人たちがいたので、ソさんに質問すると、売春反対運動の人たちとのこと。私が、「そう言えば、昨夜ソさんとお別れした後で、女の子を紹介する男たちに声を掛けられた」と言うと、二人とも「えー!」と同時に口にした。日本から来る人はすぐにそう言うことをしたがるのであろうか。
我々がすぐにサウナに行くと、昨日のマネージャーが出て来て、「今日もサウナだけか?」と聞くので、「そうだ。サウナオンリー。」と答えると、ぶっ切ら棒に、受付の女性に、「この客はサウナだけだ」を意味すると思われる韓国語をしゃべった。
ここのサウナは本当に最高である。心地良い薬草の匂い。ゆったりとした湯船と、3種類のサウナ。
湯船につかって韓国人の男たちを観察する。韓国の男たちは日本人の男たちより体格が良い。みな重いものが持てそうな印象がある。それにどこかきりっとした体の洗い方をする。これも徴兵制があるためなのであろうか。
ラウンジでビールを飲んでいると、昨日と同様、仕事に疲れたエリートたちが、次々にマッサージルームへ消えた。私は実は非常にくすぐったがり屋なので、日本でもマッサージは受けないのである。
2007-07-31 閑話休題―新刊本について
_ 閑話休題―新刊本について
このブログ、結構「公的」なものがあると見えて、SEOUL紀行連載で、ここのところ身辺を書かないでいたところ、「著者ブログに新刊本の案内がないというのは不自然」との指摘を受けて、併せて読者の皆様に暑中のお見舞い申し上げます、と言った意味で閑話休題。小生は目下、前以上に仕事に追われていまして、最早どにもならない状態です。
今日は久しぶりで休日。午前家事掃除お風呂場洗い原稿。午後から全国的なネットのラジオ局で一週間分の収録。その後編集者と打ち合わせ。そして、執筆。これが「休日」のスケジュール。最近雑誌新聞ラジオと取材が多くなっている。
『超インド式』(扶桑社)本は、ミサイル合戦に手作りの竹槍で挑む試み。これさえできれば充分という表示。
『作文練習ノート』(主婦の友社)本は、生徒の作文がオモロすぎてできた本。私のメソッドを分りやすく提示した。
『親が家事をやらせた子どもは絶対アタマが良くなる』(アスコム)は、8月1日発売。これもなかなかオモロい本に出来上がっている。3択クイズ方式に解説がつく。
以上皆さんよろしくお願いします。
この後も年内続々の構え。