ブイネット教育相談事務所


2009-05-02 『見わたすかぎりの青』

_ 『見わたすかぎりの青』

上野火山作/演出 Drama Project 空中スケッチ 第一回公演『見わたすかぎりの青』を観た。

舞台設定は30年前西荻ボロアパート。登場人物は、演劇を志して早大進学を目指す19歳の2浪生とそのアパートに闖入する同郷岩手の二人の学生。一人は文学を志す明大生、一人は成田空港闘争に関わる法大生。三人は高校時代バンドを組んでロックをやっていた。そこへ焼酎を抱いて現れる、ギャンブルから家族を失った明日からヤキイモ屋の58歳の隣室オッサン。さらには、浪人生の父親の牧師が岩手から上京。脇役として、アパート管理人役の青学大来春卒業就職先決定生と、管理人の未亡人とその双子の高校生の娘。総勢9名。若者6人大人3人の設定。

先ず驚くのが、人物登場設定が偶然のはずなのに妙に自然さを伴うところ。確かにこういうことが30年前の東京でままあった、と思わさせるところが憎い。地方よりやや早めに育った都会の私にとって、それはやがて2浪することになる高校生の時の自分、大学入学後の地方出身の同級生たちがしていたことであった。私はシラケとヒネクレの生き方をたどった。

次に、アパート管理人の未亡人、焼酎オヤジ、田舎の父親ガンコ牧師の3人の「玄人衆」が、いったい演出家はどこからこれを見つけて来たのかと言いたくなるほど、実に見事な演技ぶりである。実際、会場には、関係者であろうか、約3名ほどの「笑いっ放し中毒お客」がいて、クッククックうるさいことこの上ない。

そして、その「玄人」と「素人」の境目がない出来上がりになっていることが挙げられる。これは一般に、演出家の「勝利」を意味する。細かいところまで演出家の「演出」が行き渡っているのである。

これは単なる「抽象構成」ではない。抽象構成の先の「センス」が試みられていると言える。その意味で、この作品は、非常に芸術的な挑戦である。なおかつ金を払って観て満足させる水準にもなっている。

出演者たちにとって、この演出家の指示に従うことは大変なことだったろう。だからこそ演出家は、その「代償」を俳優たちに「補償」していることになるだろう。

この芝居に出ている人は幸福である。

そしてこの芝居を見たものは幸福である。

観劇後、この若者たちの30年後がどうなったかをも想わせるところがさらに良い。

私にはこの芝居の構成者が、映画監督ではなく、あくまで舞台演出家であることが強く印象に残った。

3日にまだ二回の公演を残す。