ブイネット教育相談事務所


2006-08-01 現状学校教育実情<連載7>

_ 現状学校教育実情<連載7>

闇雲な暗記はなぜ頭に悪いのであろうか。それはそれがただ知識を増やしただけで判断力を初めとした知性を養わないからである。だがしかし、それは怠けてするべきことをしないより結果必然的に勝る。してみると、女の暗記は仕事ができることの証なのかもしれない。だが、仕事ができることと新しいことを企画したり人の上に立ったりすることとは違う。そして、「試験」ではそんなことは計れない。だが、同一の試験システムを続ければ、それに学習適応能力の優れるものがやがて優位を占めるようになることは必然である。そして彼らが人の上に立つ立場に選出される。これは明らかに国民にとって不幸なことである。旧制高校が終わってから、最早国立大学出身者は首相になれない。中曽根、宮沢級のものは最早東大出身者から政治家には出ない。首相の小泉も、後を追う阿部や麻生も、トヨタの奥田や金融相の竹中や、長野の田中や、東京の石原といった人物も、東大出身者ではない。すでにこの世界では東大経由は「近道」ではないのだ。受験プロの目から見れば、面接小論を行わず、センター試験を容認する今の東大は、単に官僚的人物を作る大学である。そうでなければ「学者」を作る大学である。そして、スーパーエリートたちは、あたかもハーバードビジネススクールの連中が就職しないように、最早官庁を指向しない。唯一例外的な堀江や村上は役人にワッパをかけられた。公職に就いている潜在的な犯罪者に実に多くの東大出身者がいることは想像に難くない。最早東大を特別な大学と見なしこれを目指すことには社会的な害があると言える。そしてこれを作ったのが官公庁企業トップ東大派閥であることはいうまでもない。『ドラゴン桜』が大衆に受けたからこそそういえる。我々は18歳時点でやや難しい試験に通ったものたちを過大評価をせずに疑うべきである。彼らのほとんどは大したことがない人物たちである。彼らが大学名遠まわしに伝えたり、本当は公務員であるのに「サラリーマン」と名乗るのは、あながち訳がないわけではない。新聞上では東大出身犯罪者はできるだけ大学名を伏せられる。早慶なら一発で書かれる。どうして人は東大を求めるか。個人の願望を超えてこれを抽象化すれば、資産を獲得しつつの安定人生に直結するからに違いない。福井日銀総裁の資産とその運用を見よ。「アタマがいい」とはこのレベルの話である。辞職しないのなら、せめて「退職金放棄」と言って欲しかった。若くして、高学歴をこのようなことのために得ようと努力することは精神的に卑しいことである。かといって「国家のために」とか「純粋」にはなっても、結果的に就職後に飼いならされてしまう。これを間違っていないと断言できるものは、教育の本当の意味を考えたことがないものたちである。つまり、「哲学」したことのないものたちである。国民の可能性を伸ばすことよりも、飼いならすことを目的にする教育。誰のためにそうするのか。答えは誰のためにもならないのである。こうして国家の総体を蚕食する立場を自ら選ぶものたちは、あらゆる時代を通じて、自らの存在こそが時代の変容の要因になっていることに無自覚なものたちである。彼らが自らそれを手放すことはない。だから我々国民がそれを正当に「剥奪」するのである。我々は「義務」たる税金を払っているのである。以上最早読者お分かりの通り、ほぼ完全に「冗談」で書いた。