ブイネット教育相談事務所


2009-04-27 ポスト儒教主義教育

_ ポスト儒教主義教育

「孝行悌順」をその基本要素とする、我が国伝統の儒教主義教育が崩壊したのは、社会に人間的尊敬の対象となりうる大人が少なくなり、同時に子どもたちの世界が少子化したからである。核家族化し、兄弟がいなければ(少なければ)、儒教教育など成り立つわけがないのは明らかである。だいいち女性が強くなってしまった。

簡単に言えば、時代の流れについて来れなくなってしまったということなのであるが、アタマが固い人が割と多いのが今のところ我が国の実勢であるのは、「冗談」に対する不満が意外に多いことからも確認できよう。

次の時代の教育とは何か。それは好奇心と感受性の育成を主体にしたオモロい教育である。勉強や学校などの学びの場をオモロくすればよいのである。しかしこのような提案を直感と決断に欠けた文科省も中教審も東国張ることは絶対にあるまい。「ゆとり教育」とか「総合的学習の時間」とかのコピーは、センスのない高学歴者による大衆向けものである。そして教育は、テレビアニメに負け、ディズニーランドに負け、そしてコンピューターゲームに負けたのである。

システムが時代とともに旧くなるのは仕方がないことである。しかしものの考え方を改めてそれを行動に移すことができないのは、人の上に立つものとしてあまりに愚かと言わざるを得ない。国家全体の部分の利益の保持のために、国家全体を危機に陥れるのであるなら、それは「倫理」にも反しよう。

衆院選が近いようだが、相変わらず経済や福祉のことばかりで、教育のことは全く話題にならない。どうして小学校の校庭で焚火をやらせる教育が始まらないのだ。

晴天に恵まれた親子焚火の会では、お父さんお母さんたちに楽しんでもらっただけではなく、環境さえ設定すれば子どもが勝手にどんどん学ぶことも共通確認できた。それにこの焚火明くる日のスカッとした感じ。誰もが今頃実感しているだろうと思うと密かに私は嬉しい。

子どもたちは、「今度からはまた子どもだけで来たい」と言う。薪割り作業で、最初から上手い男の子に尋ねると、「これは剣道とコツが同じです」と答えたのが妙に印象に残った。先行する何かの体験があってこそ今があるのが男なのである。

もう一つ面白かったのは、v-netに通う男の子たちが、学校で女子にモテることを知ったことだった。サピックスや日能研の広告で真似して欲しい。

「女性にモテる男になります!」。

以上、「通常」通りに書いた。

皆様お疲れさまでした。