2005-08-23 天皇制
_ もし、日の丸君が代を教育の場で徹底することが不可能であれば、それは、天皇制が確実に終焉の方向に向かうことを示唆する。いや、日の丸は残るかも知れない。残らないのは君が代の方であろう。
上野千鶴子東大教授は、17日付朝日夕刊で、女帝論の議論に関係して、天皇制を終わらせることを主張している。天皇制主義者を、「権威の好きな人たち」と呼び、最早、保守派の中にさえ、天皇抜きのナショナリズムが台頭していると書く。また、戸籍も住民票も参政権も言論の自由も職業選択の自由もプライバシーを守る権利も持たない皇室の人たちに同情も示している。私もかねがねこの件については、皇室関係者に生まれてしまったことの不運に同情を禁じ得なかった。精神的に追い込まれる立ち場にあって、自ら止めることができないというのは何とも辛い。我が身の自由に感謝したくなる始末である。
最近、イラクの戦争について考える。長引けば長引くほど、その戦争行為を支えるイデオロギーは、一神教たるキリスト教とイスラム教の思想であり、どちらも古臭い権威主義を暴露させる。しかも両者はともに、元祖一神教たるユダヤ教から発生している。これら一神教の国家に生まれた人たちは、生まれながらにしてその「洗礼」を受け、ほとんどが他の一神教を受け入れることができないように教育される。そして、国家としてのまとまりを得やすい環境下で、繰り返し戦争に結びつく役割を果たす。私は、戦争が長引けば長引くほど、これらの宗教が弱体化の方向へ向かうことは歴史的に見て明らかだと思う。あたかも前世紀の天皇制のように。逆に、平和の中での一神教も衰退に向かうことも明らかである。
我々は、生まれた国で受ける宗教的な教育から逸脱することはまずできないことに自覚的であろうとすべきだ。
神と宗教が否定された時、そこに残るのは一体なんなのであろうか。
それは、祈りと瞑想であろう。