2005-09-06 短編小説 『洗脳』
_ 子どもの母親が、父親と子どもが自分の目の届かないところで会話するのを好まないのは明らかだった。こういった疑念は、一般に複雑な遊び心からよりも、単純に他人も自分と似たようなことはしまいか、とういう心から生まれる可能性が高いのである。
ある時一見家庭内的には下品の極まりである父親は、純潔でナチュラルに上品この上ない父親を演じて子どもを載せてサウナに向かっていた。小学5年生。最近あまりにお互いの敬愛が薄い親たちの有り様を見て、自分の存在理由を考えることもあるようなのだ。
「お父さんは、お母さんをどう思っているの?」
予習済み。
「おかしな女。ところで、お母さんがお父さんのことをなんて言っているのか知っているかい?」
「知ってるよ。分けの分からない人物。イカれているって言ってるよ」
ふーむ、いかにもあの女が言いそうなことである。こうやって陰で子どもを自然に洗脳しようとしているわけなのである。
「お父さんは不倫とか考えないの?」
「ああ」
「どうして?」
予習済み。
「それは、女には一度で懲りているからだよ」
この応答に、相手はかなり参ったようである。しばらく沈黙した。しかしその沈黙は、信じられないような次の答えを得た。
「そうじゃあなくて、ホントは、ハゲでデブで見込みのない自分を発見しているだけなんじゃあないの」
儒教教育の遅れとしか言い様がないが、全てはあの女の播いた種である。その証拠に、私はそうまだハゲでもデブでもないのである。もっとも、生物学的には私の播いた種ではあるが。
得意の鼻笑いでかわそうとするが、相手はひるまない。こういう時は背後に決定的な情報があるものである。相手は子どもである。それに私は女性と違って恐怖を好奇に打ち勝たせることはできなかった。しゃべらせるという「間」の催眠術を用いた。
すると息子があたかも溜め息混じりにこう言った。
「お父さんは、お母さんが本当は何でお父さんと結婚したと言っているのか知っているの?」
私は前の信号に注意するふりをした。できればこのまま道路右ワキの寿司屋に車ごと突っ込んでしまいたかった。息子は黙っている。落ちついて、小声で尋ねた。
「何でだと彼女は報告しているのか」
「お母さんはね、お父さんがあまりに可哀相な人だと思って結婚して上げたんだって」
私はためらわずに車を交差点左角の八百屋に突っ込まさせる。
しかし、もしかそれが事実であれば、そのとき息子は言うであろう。
「ホラお母さんがまた可哀相になったね」
この子どもを作ることを提案したのは他ならぬ自分である。後悔してはならない自分があった。
だから、精一杯それに答えた。
「それじゃあお父さんとお母さんは同じだね」