2008-04-27 三朝
_ 三朝
東伯郡三朝温泉木屋旅館は私の最も愛する宿である。
明治元年創業。大正ロマンの香り高い、渋い木造3階建て。
温泉は最高級天然ラジウム泉の川湯。何せ旅館の真下から湧いている手掘り温泉だから、「元湯」も何もあったものではない。湧出温度が70度以上と高いので薄めずには入られず、意地悪なメディア情報で一時期誤解を呼んだほど。初心者で敏感なものは思わず気絶し、浴後にぶっ倒れて3時間以上轟々と鼾を立てて寝入る。
私はこれ以上の温泉をいまだ知らない。しかも、ここには伊豆修善寺も及ばない文人の香がある。何とこの温泉一家は皆、正真正銘の「文人」なのである。
それもそのはず、女将たる御舩道子は、かの宮沢賢治の文学同人で、『銀河鉄道』の、溺死するカンパネルラのモデルである河本緑石の娘であり、文人にして染織家、環境活動家にしてカジカガエル復活の仕掛人。口を出る話の数々は、その一風とぼけたのどやかな語り口とは逆に、あっと驚く含蓄深いオモロい感動話ばかり。これなら「芸者」も不要だ。自称「宿六」旅館主人の、息子の御舩秀は、常に上機嫌で画を良くする。特に得意なのが、なんとフィジー仕込みの、客人即席の似顔絵水彩画。サービスでモデルを若く描き過ぎるのが難。この人の地元消防団体験話は抱腹絶倒。バカらしいほど心から笑える。
この宿は、カント分析の「歓待」の理念を極めて良く了解する。宿のものが全員上機嫌で迎えてくれるのである。これも「山陰」という遠い地で客を迎える「知恵」なのかもしれない。
そして、ここの料理は本当に美味い。特にかに鍋コースの美味さは絶品に値する。いつもお腹がいっぱいになって、御飯にまで手が届かない。でも、これまた美味いので、お新香だけは食べてしまう。
大の温泉好きの私にとって、温泉旅館のご子息の家庭教師は、この世で最甘美の仕事である。
かつて私はこの旅館のお二人のお子さんの家庭教師をしに来ていた。ほぼ一日中指導をする代りに、いつでも温泉に入っても良いのである。それなら遠方出張も引き受けてしまうではないか。
「あっ、キミこの問題解いておいてくれる」とか言って、最高級温泉につかる背徳行為の甘く華美なこと。湯上がりに生徒に詫びると、「うちのお風呂だったらしかたがないですよ。だってあまりにいいから」と許してくれる。指導にもさらに力が入る。
湯屋の外に広がる景色は三徳川の川瀬である。
河鹿鳴く 三朝川瀬の 木屋の湯屋 (冗兆)