ブイネット教育相談事務所


2005-12-29  不良中年@吉祥寺

_ 珍しいことだが縁あって、一夜高校の同窓数人と集まって飲んだ。場所が吉祥寺なのは、高校時代の根城であったことと、私が吉祥寺在住であったからである。

彼ら4人は高3時の同クラスで、そのうち二人は我が栄光のボンベイ〜パリ間自動車旅行の同行者だった。

私だけが隣のクラスだった。

いかにもナニワ金融道ご登場の弁護士。

一見芸術家風のコンピューターシステムデザイン会社経営者。

いかにも自民党悪役政治家のような人材派遣会社経営者。

ただ一人の勤め人が、他により良い転職先がない大手新聞幹部社員。

全員身長175センチ以上。全員喫煙者。明らかに異様な中年集団である。しかも彼らは周囲をほとんど気遣わない。それでいて吉祥寺の町を乱さない。

このメンバーの共通点は、私を含めてこの中にもその友人にも東大関係同級生が全くいないことである。

全員東大落ち。我々は東大選良組とは別の独自のカルチャーを作ることに十代を蕩尽した。

一浪、一浪留年、2浪留年、3浪。3浪は中大出の弁護士である。

そこには十代でこの町で遊び過ぎた恐るべきふてぶてしさの香りが漂う。

十代で不良になることはヤバイ。

しかもそのまま上手く生き残ることはもっとヤバイ。

ここには不良が社会的重圧をはねつけ不良のまま成長し続けた証がある。

彼らは、いわば、世間で絶対に敵に回したくない集団なのだった。彼らは全員合法的なアウトローだった。どんなことにもすぐ対処する能力のある都会のドブネズミだった。誰しも都会で彼らを敵に回すことは無意味な相談だった。それはモンゴル平原で、チンギスカンの騎兵部隊に遭遇することと同等であった。

そして、それは、他ならぬこの私にも当てはまると思う。

都市公立校における、信じられないような生存競争とその倍増結果がそこにあった。

いかん、いかん。私はどういうときでもストイックなポーズがハーレーダビッドソンなのだった。

彼らは、私を生まれて初めてカラオケに引っ張り込み、延々と松任谷由実や松田聖子やビートルズや都はるみに、おまけにキャンディーズを尻を振って絶唱するのであった。このメチャメチャさ、しかも私に、まるで張り型のようなマイクを突き出して、ワイルドワンズの『思い出の渚』を歌えというのである。ついて行けません。でも、なぜか歌ってしまいました。

死にそうになった3時間の果ての午前1時。

彼らは仕事を理由に辞去する私を尻目に、まるで蒸気機関車のような恐ろしい肩をいからせながら、次の目標地点を目指して駅方面に消え去った。

彼らの半分は来年50歳である。

不良は健康でなければやれないのであった。

それにしても、つくづく公立高校出身者は恐ろしい。

なぜか、ルソーの「孤児院」を思い浮かべる。

しかし私には自信がある。

彼らの中で本当の不良はまぎれもなく自分である。

しかし、憎たらしいことに、多分彼ら全員がそう思っているにも相違ない。

主体的不良にケチを付けることは無意味なのだった。