2005-12-17 ミスについて
_ 警戒は正しいが、誤解は間違っている。
誤解しないためには、覚醒が必要であるが、
覚醒していても錯覚は起こりうる。
なぜなら錯覚は、感官を通じて発生するからである。
錯覚を避けるには注意が必要である。
注意とは意識的な覚醒である。
ミスをするものは、注意が不足するからではなく、意識が希薄になることに自覚的でないからミスするのである。
従ってある特定のミスを避けるためには、日常生活のあらゆる分野で恒常的に意識的にそれを排そうとする習慣がなければならない。常にこころに念じていなければならない。活動の部分集合に「瞑想」がなければならない。
ミスをしない自信があるものは、最もその環境を観察把握するものである。
密林内における狩り。
ミスらないことは、限りなくヒーローに近い。
同時に、勘の良いものは、限りなく本質的な判断ミスから遠い。
でも、本質は、限りないミスの捨象によって帰納決定されている。
ということは、本質は、限りなく不定である。
アストラルへのエナジー。
エナジーは、点滅する光体に暗示される。
他者のミスを咎めるのが傲慢であれば、
自己のミスを咎めないのも傲慢である。
行為しないとき、ミスは現象しない。
行為するとき、ミスは一切の前提になる。
この項において、愚者と勇者は一体化する。
[ツッコミを入れる]