ブイネット教育相談事務所


2006-07-11 四面楚歌

_ 四面楚歌

今日もしんどかった。午前に出版社と新作打ち合わせ。続けて一橋大国語記述指導を3時間。その後、都立国語選択肢指導、武蔵中学国語記述指導、高校地理教科書学習、各々2時間解説。都合13時間連続の仕事である。密かにキャンセルを願うがそれもなし。回復遅い中年男、昨日の音読会の疲れが大きいが、我ながら不思議なことに最後までもってしまう。座り過ぎでお尻が痛い。

午前零時。こうして机に向かう。これから執筆を開始するが、その前に自由に書いてみたい。もちろん今日は、いつも通り、「冗談」である。

朝日が一面トップに中田選手の引退を掲げたことにより購読を打ち切ったことはすでに書いた。またその代わりに取ろうとした産経も同様なことによりその購読を控えた。では読売はどうか。読者の方で、読売の4日一面トップが中田であったかなかったか知る方はコメントして欲しい。

考えた。そして「情報収集」もした。

なぜ、有力一般誌が中田引退を一面に掲げるのか。

すでに私は、文科省も教科書会社も日教組も批判の対象にして来た。右翼も社会主義も、「時代遅れの非現実路線」と切り捨てて来た。宗教団体も「単なる営利組織」と認定して来た。この上でマスメディアを批判の対象にするのであるから、まさに「四面楚歌」を自ら選択していることになる。ゆえに「冗談」という「戦術」を取っている。

少なからぬ方からご意見を賜った。

「新聞は売れないから、そうせざるを得ないのよ」

「活字読者の減少により大衆路線を取らざるを得ないのだよ」

「イギリスのタイムズ紙は、BBCのサッカー称揚路線を批判した」

そしてついに、「中田引退を掲げてくれるなら、わざわざスポーツ新聞を買う必要がなくて助かる」というコメントを頂戴した。

以下に、思いっきり「冗談」で、思うところを述べたい。

読者は、Jリーグが始まった時の新聞の一斉の協力報道をご記憶であろうか。読売が巨人を利用して発行部数を伸ばすことに対抗して、朝日などの各紙は大きくサッカーを取り上げる路線を取った。

どうしてであろうか。

我が国の新聞は、政府の規制により、「第三種郵便物」の扱いを受ける。第三種郵便物は、広告面が全体の半数以上を占めると取り扱いの対象から外れる。ご存知の通り、大手新聞も週刊誌も、その収入の大部分は広告収入によるものである。つまり、テレビ同様、雑誌や週刊誌も広告がその収入の主体である。広告面を増やせば増やすほど大きな収入をあげられることになる。でも「規制」がある。どうしたら良いか。それは紙面を増やせば良いのである。そしてそのためには、「記事」を増やすより、スポーツ面での写真や図解を増やせば良い。写真は活字と違って、引き延ばしが自在である。つまりサッカーなどの記事を増やせば、付帯する写真によって紙面の記事の占有率を容易く増やすことができ、その結果多くの広告を載せることが可能になることになる。W杯の間は、全面新聞広告が多くなる。新聞社にとっては膨大な収入である。だから、新聞にとっては、W杯サッカー様々なのである。それだからこそ、新聞があまりにW杯よりの報道をすることに私は怒るのである。お金を払って読むことが馬鹿らしいではないか。しかし、新聞のそれを選択せざるを得ない苦悩を思うと、文科省主導の、センター試験に代表される、国民の国語力を低下させる教育行政に怒り心頭になる。さらには新聞がこれとつるむことに許しがたい思いを禁じ得なくなる。読者の活字離れの大元の文科省行政を批判せずに、スポーツ記事の増幅により、利益を上げることを優先する。こうなると新聞は、行政監視の役割を果たせなくなる。また新聞に載る個人執筆の記事のほとんどが、「癒着」によるものであることを推察することが正鵠を得ていることになる。新聞は絶対に自己批判しない。真面目に新聞を読み続けるものを嘲笑する。読者を嘲笑して、どうして公器たる新聞が成立し得ようか。毒矢は新聞に書かれることを常に何か別の事情か意図のあるものかと疑わざるを得ない。これでは全人代検閲の中国の新聞と変わらないではないか。できることはただ一つ、新聞購読をやめることに他ならない。