ブイネット教育相談事務所


2006-07-29 現状学校教育実情<連載6>

_ 現状学校教育実情<連載6>

立教と上智を比較する「資料」がある。

以下は、立教高校内部進学失敗、2ヶ月準備の一般入試で立教上智受験、各々2勝1敗、1勝3敗で、上智経済に現役進学した生徒から聞いた話である。この生徒はそもそも記憶力にやや優れ、社会は世界史を選択した。

「立教と上智では試験会場の雰囲気が違う。立教では試験前後の休憩時間に、どよ〜んとした空気が流れる。席を立って煙草を吸うものも多い。ところが上智の試験会場の雰囲気はまるで違う。まず試験会場に入ると、何ていうか明らかに空気が女っぽい。女が濃くいる匂いである。彼女たちは膝掛けにもなるかのちょうどいいコートを椅子の後ろに掛け、ちょうどいい大きさの一切が入ったバックから、例えば一時間目が英語なら、ボロボロになった英単語集や熟語集や、きれいな字でびっしり書いたノートを出し、最終確認に余念がない。中には過去問に目を通しながら何やらヘッドフォンで聴いていることをつぶやくものもいる。おしゃべりしたりダランコとした人は問題外って感じだ。そして試験の時間が来る。彼女たちの備品は可愛いお弁当なども入っているカバンに見事に吸い込まれ、まるでゲートインした馬のように息を整えている。さあ試験が始まる。ワーッ、信じられない!僕はこれまでにこれほどまでに高速で鉛筆が走って行く音がする会場に来たことがない。まるで勝ちどきを上げようとするワーッとしたような気配の中で、彼女たちは休まず怯まず一線に解答をマークして行く。残り5分を切ってもその勢いは少しもたゆまない。ごくわずかの終わったものも最終確認に余念がない。そして終了30秒前。終了して片付け始める音がする。しかし、鐘が鳴った瞬間の、「みなさん、鉛筆を置いて下さい!」の一言まで少しも揺るがない。さて終わるとどうなるのか。確かに立教同様「あ〜あ!」と言った伸びをする光景は見られる。しかしそれは瞬間のことだ。トイレに立つものが若干いる。しかし、その他の全員は、信じられないことに、立教みたいにダラ〜んとしないで、一気に次の教科の国語の知識問題などの最終確認に走るのである。軽食をとるものもいる。その時も参考書からは目を離さない。ポットに入れたコーヒーの匂いを漂わせながら、外国語が書いてあるチョコレートとか出して食べたりもする。休み時間などあったものではない。彼女たちにとっては、次のテストの最終確認時間である。その他のことは考えない。さて2時間目の試験が始まる。もうほとんど試合開始のゴングと言って良い。予想通り、またしても信じられないことに、最早当然のごとく、一斉に、ワーッとやり始めるのであります。国語は英語より時間が短いからなおさら飛ばすのか、あの人たち何ものですか?こちらはもう匂いと迫力のダブルパンチで正直完全に押されてしまいます。素早く紙をくくる音。シートの上を滑る確実な鉛筆の音。こちらから見ると何か書類でもチェックしているかのような姿ですよ。さて、先生もうお分かりですよね。2時間目のテストが終わるとどうなるのか。そうなんですよ。信じられないことに、彼女たちはほとんど疲れらしきものを見せず、一斉に世界史の最終確認作業に入るんですよ。年季の入った素晴らしいノート。最終語句確認シート。それだって超細かいオレが覚えるの諦めたようなのばかりですよ。なぜか、こういう試験でコーヒー持って来るって言うの利口だと思いましたよね。親が準備してやるんですかね。まあどっちにしたって同じことですが。で、もう言う必要がないでしょうが、3時間目が始まると、また一斉にワーってやるんですよ。あいつらバケもんだ。疲れることを知らないんですよ。そうしてついに試験が終わる。こっちが最早何もできないほどヘトヘトになって机に倒れ込んでいると、彼女たちはまるで仕事が終わってさっさと退社するかのようにさっと席を立つんですよ。それと同時に、今までおくびにも出さなかったのに、同じ会場に何人か親しそうな知り合いがいて、「できた?」とまるで自信の確認のように声を掛けながら後ろ姿になってスタスタと消えて行くんです。あの軍団は、立教の会場にはいなかった。僕が最後に経済だけ受かったのは、経済が一番女の子が少なかったからですよ。いやそれにしても「奇跡」でした。先生本当にありがとうございました。」

最後はいつもの癖の余計だが、その後彼のようなことができたものに逢ったことはない。彼は優秀だった。立教に内部進学拒まれて、2ヶ月で上智に現役合格するのは並大抵の能力ではない。

F選択肢が現れてから、私の指導法だけでは上智で高得点できない。必要以上の暗記がなければ絶対に受からない。つまり、上智一般入試現役合格者は、死ぬほどの暗記に耐えられたものたちである。全然関係ないが、東条英機は類い稀な暗記能力の持ち主だったそうだ。

暗記が強いことで試験に受かることを、「アタマが良い」と錯覚するのは危険なことである。情報化社会では、必要以上の暗記力は必要とされない。考えてみれば、私の主張する「合格最低点法」は、いかに暗記の量を減らせて受かろうかとさせる指導法だったかもしれない。

とまれ、この優秀な彼女たちの多くが、実は知らずして、「一般入試合格差別」を受けるのだから、世のセンスも笑ったものではありません。