2006-01-06 イヌシロツアー
_ 12月初旬に名古屋へ行ったのは、ものが取り憑く質の家人が犬山城に行きたいと吠えだしたからである。
この城は、1537年に織田信康によって築かれた。別名白帝城という。
犬山は、上流の雨を一身にまとめた木曽川が、美濃の山縫ってドヒャッと濃尾平野に吹き出した大扇状地の入り口に位置し、城は、交互に両岸に現れる小高い山の間を流れるこの川の西側関ヶ原に向けた展望の地に建っているのである。
さて徒歩で登る。麓に針網神社という関東ではあまりなじみのない名前の神社がある。その神社の境内を通って石段を上り詰めると城門があり、さらに曲がって上ると、突然大空にこじんまりとしたしっかりした城が現れる。
私は驚いた。この山の上は超イヤシロである。鞍馬山の上に乗っかったときの気分に似ていると言えば分かりやすいだろうか。スカーンとしている。城の右隣に枯れかけた老木があったが、あたかも御神木であるかのようなたたずまい。何と驚いた。この城はイヤシロの上に建っているイヤシロシロなのであった。
登ってぶったまげた。その頑丈な作りにも驚かされるが、さらに驚かされるのが各階から見下ろされる景色の凄さなのである。そして第4層の最上階から開けた360度のパノラマはまさに筆舌に尽くしがたい。ゆえに李白で白帝城ということらしいのである。高校生の男の子達は元気に歩き回っていたが、正直言ってとても怖くて無理。勇気を出してやっとのことで半周廻るがもう半周はする気にはなれなかった。
建物に登ってこんなに怖かったのは、ハンガリー北部のエステルゴムの大聖堂の屋根に上った時以来のことである。何よりこの感覚は異常である。何かアタマがぶっ飛んだような気がする。ふと思いついて、出口で係の人に聞いた。
「この城ができる前には、ここには何があったんですか?」
「白山神社です」
「神社はどこへいったんですか?」
「白山にお返ししました」
「返す」というのはどういうことだろう。
神社のあるイヤシロを乗っ取って建てた城。イヤシロに違いないのだが何とも判然としない。
麓へおりると、さっきとは別の道に三光稲荷神社がある。
近くの民俗資料館でまじめそうな係官に質問する。
「確かにもと白山神社があったのですが、武士の権力で・・・」
またしても関東の八幡神社と同じである。
源氏がやって来ると名前が八幡に変えられる。
いやその前だってそうだ。古代からのイヤシロがある。権力者がそこを奪う。自分の気に入った神を祀る。他ならぬ針綱神社も、城の主の成瀬氏が1650年に再度建立したものらしいが、拝む人はもとの山の上で拝みたかったことだろう。
神社よりも軍事的物見櫓兼緊急避難所。武力ってのは本当に凄いものですな。