2006-01-23 THE 職人
_ 多忙中で温泉ばかり想像するのもどをも?ってわけで、寒中風邪を警戒しつつ文化を求めて都心に出て、大江戸麻布十番六本木5丁目のアトリエで、劇団「無=魂」の第8回公演『THE 職人』を観た。
今日は金曜日三日目。話は、元ヤンキー親方主催する飯島塗装が、発注工事敢行する中で、リーダー竜が、時代に取り残された愚直誠実な田舎青年職人志望者(驚くべき入魂役作り)と、不法滞在4年超の苦労人だが希望に燃える中国人(これは中国人さえ笑って靖国を許せるほどのキャラクター作り)と、シンナー中毒の金髪君だが妙に覚醒している若者(これも信じられないほどリアルな役作り)が、そこにヤンキー絡みの懲役上がり人(これは可笑しいくらい橋本龍太郎に似ている、実は最もやりたくないことをさせられている格好をつければつけるほど時代に取り残される苦痛顔)を交えて、中国人逮捕の不条理を含みながら、「お味噌」ならぬ「あんこ」の味を漂わせて、古い日本の男たちが、ただただ飯食う種の職人技術を問いかけながら、全く女にモテねえ世界で、それでも男は前向きに生きて行く、ともに肩を支えあいながら、という、脚本家の現場絡みの体験がなければできねえというもので、一つ一つの役者自身のキャラクター作りがこりに凝った大人向けの芝居なのです。欠点は、役者の修練と技量が脚本を上回ってしまうことで、もっと笑えるものが妙に肛門抑制の利いた感じの出来上がりになっているところが惜しいところです。しかしながら、文学的な構成能力の観点から観れば、そこには「取りこぼし」と言ったものは観られません。看護婦や銀座ホステスや仲居の世界におけるレズビアンヒエラルキーと逆の世界。それが過去の産物性を引きずりながらもなおも現象することの可笑しさ。ホモセクシャルなジョークが一点だけ入ったところが、この作者の抽象絵画的な文学的無矛盾性を確認させると思います。このことは、充分な音楽的選曲の効果に勝って、照明技術の秀逸さに現れていました。役者、演出家、スタッフ、これらが充実しているのに、その技量に一段上の脚本が得られないところがこの劇団の「悲劇」です。もっと歌舞伎みたいに思いっきり大げさにやる場面があっても良かったのに。ものすごく流行っている活気に満ちた寿司屋のカウンターで感じる不充分。モリエールにあって、他の演劇にはない何か、どうして彼らはもっと可笑しいことがやれるはずなのに「抑制」せざるを得ないのか。
しかしこれほどのものはテレビドラマで観られなくなってすでに久しい。やっぱりビールと芝居はナマがいい。絶対に後悔しない水準。ただし完全男優劇。
連絡先:www.mu-kon.jp/六本木アトリエフォンテーヌ:3583−9829。