ブイネット教育相談事務所


2006-01-12 受験前近況

_ 冬休み最後の週。4日間連続で朝から晩まで指導した。どの子ももっとじっくり見て差し上げたいが、いかんせん時間に限りがある。しっかりとした復習を心から願う。

こちらもフラフラである。頼りにされるのはありがたいが、頼りにしないで自分でできることこそが受験への勝利の道であるところが辛い。

生来気を抜くことを知らないのがいけないのであるが、いつでも気がつくと燃え上がって指導してしまう。他のボックスの先生たちも、終日我を忘れてまるで兵隊の様に熱心に指導している。

それにしても生徒たちは遠くから本当に良く通ってくれる。当方が電車に乗らないだけに頭が下がる。もし私に時間と体力があって、生徒たちの家を廻ってあげられればどんなにいいことかとも思う。その間の体力と時間を自己向上の学習時間に向けられたらどんなに良いかと思う。遠くから電車に乗って通って帰宅して、なおもすぐ机に向かって努力で

きる人間は稀だろう。後は、「頑張ってくれ!」と祈ることしかできない。

編集者と次の出版の打ち合わせの時間もない。本当は校正刷りを待っているが、今それががやって来ても、それを優先することはできない。多種の腹案も練るが、心と時間に余裕がないのでなかなかこれというアイデアには至らない。

こうして深夜、机に向かうと、そこには処理しなければならない文書が一杯ある。中でも締め切りが三日後の、今春から教えることになる大学のシラバス(学部指導要領)の原稿は、今晩にも仕上げなければ後がない。

それでも自分の時間がなければやっていられないので、アンリ・トロワイヤの『バルザック伝』(白水社刊行)を少し読む。私はこれまで人生の苦しいとき、いつもバルザックを読んで元気を取り戻して来た。債鬼に追われるバルザックは、パッシーの家で、午前零時に起きて、濃いコーヒーがぶ飲みで一晩中執筆し、早朝入浴朝食。すると校正原稿を持っ

て出版者の人間がやって来る。この原稿に、これでもかと筆を入れて約2倍にすると、午後は編集者と打ち合わせしつつ執筆。夕方からごく親しい人と食事。しこたま腹に詰め込んだ後、午後8時就寝。その4時間後の午前零時、召使いが起こして原稿開始と言った有様だ。しかし来年はバルザックが死んだ50歳に私も達する。文学作業よりは私の仕事の方がキツくないに決まっている。このことは私を慰めると同時に苛む。文学こそが全ての源だったのに、その文学を行う暇がない。これは信仰を忘れた宗教者に近い。