2006-01-07 受験シリーズⅢ
_ 懈怠の心(サボリのココロ)は、一刹那のうちに到来する。
したがって、自己警戒を怠る習性から脱却できない衆人には、これを自覚することは不可能だ。
自らより、より知性に恵まれるものの脳内反応は、それより劣位のものには知覚できない。そこでは、想像することが唯一の手だてであり、そこにはほぼ無分別の敬意や信頼が伴う。
自らより、より感性鋭敏なものの脳内・身体反応は、それより劣位のものには感受できない。そこでは、想像することが唯一の手だてであり、そこにはほぼ直観的な崇敬や憧憬が伴う。
どのような知的好奇心も快感への希求も、自己の感官の内部内では満たされることはない。
過去の呪縛を捨て切った先にこそ、自己実体との遭遇の奇縁がある。
それまでの自分からは想像できないことができる自分。
それこそが目標とすべき最低最大限の境地だ。
そして、その悦びを噛み締めつつ、それに溺れることなく、自己の存在の最大限の可能性を欲求し続けること。
好奇心と感受性。
これ以上のメデイアは存在しない。
これ以外のことに、心を惑わすとき、
人は、自覚できぬ懈怠に身を任せる。
表現不能の「泥沼」に身を落とす。
永遠普遍の「法則」から逸脱する。
[ツッコミを入れる]