ブイネット教育相談事務所


2006-05-20 学校研究会

_ 学校研究会

金曜日の日経新聞夕刊に、どういう「利権」の結びつきか、「クラスルーム」と称する現職教師執筆のコラム欄がある。毎度さりげなく、現職教師の「奮闘」を載せるが、この世で最も不思議なことに、同僚批判はこれまで一度も見られない。私は現職教師のさりげない味方のつもりだが、今回のはあまりにもいただけなかった。

見出しは、「英語必修か 準備不足、人材に課題も」とあり、内容は、総合的な学習の時間を英語教育に充てることに石原東京都知事と同様反対の立場なのだが、市の依頼を受けた業者の派遣した講師の質を批判しているのだ。明らかにこれを書いた現職教師はアタマがオカしいか、優れて「政治的」である。こんなことを書くことが、自分たちの無自覚の表明につながることに無自覚である人物の記述である。

彼は(彼女は)、英語教師の「当たり外れ」を問題にし、「そうでなければ、全員に英語教育を保障することは、できないと思う」と臆面もなく書く。

業者派遣の英語教師は、苦情が出れば、クビになるか、再教育されるに決まっている。対して学校教師は相変わらず教える力がなくても「高みの見物」である。私の調査では、実に教師の8割以上が、生徒たちによって、「自覚のない大人」、「賞味期限切れ」と認識されている。これはこれより小さく見積もっても50%を下らないであろう。もちろん本当に悪いのは旧態然とした文科省の利権と深く結びついたシステム運用であろうが、生徒たちのほとんどは、学校の先生を「役に立たない大人」と認識している。当然親御さんもそう思っている。

このことを自覚しないで、総合学習の時間に雇われた外国人教師を批判する。これは、「能力のない教師は困る」と言っているに等しいが、自らの同僚の大半がそうであることには少しも触れない。こういう人は、自らの害に気づかぬ、即座に教師の立場を離れるべき人である。また、この人物の書いた文章を平気で載せる日経新聞デスクは、バカ以下の無能高学歴者であることに自覚がないものたちであろう。

すでに子どもたちの間では「進化」が進行しているのに、それが分らない「新聞」は、いったい何のためにあるのであろうか。ホリエやムラカミを嗤う間に、新聞がネットに喰われる日が来るのは時間の問題のようだ。書けるものが組織を作って、有料の時事サイトを構築すれば、広告収入が主体の新聞はなくなって、新聞少年は「解放」されることだろう。最後になるが、もしこれが文科省定番の「広告欄」だったら、それはそれで格別である。