2005-06-12 イチロー
_ テレビを持たず、新聞を二紙(朝日と日経)取っている。授業がなくて原稿だけだと、ついスポーツ欄まで隈無く読んでしまう。
最近、中日の落合監督が、記者が取材しようとして近づくと、「風邪がうつるぞ!」と言って追い払う期間が続いたそうである。
そして今日、大リーグ千本安打に迫ったイチロー選手が、『適時打を打った場面での心境を聞かれて、「そんなこと感じられるわけがないじゃあないですか。あのゼロ点何秒かの間に」と言って、いら立ちを隠すかのように、早々と会見を打ち切った。』とある。
筆者は苦笑する。なぜイチロー選手が、「苛立つ」のか分かる気がするからだ。
イチロー選手は、鈍いアタマの記者を心底嫌悪しているのである。そしてそのことが、「高学歴」の記者には分からないのだ。だからこそ記者は、この記述をしてしまうのであろう。
記者は、「いら立ち」の原因が自分の質問の仕方にあることが分からないのだ。記者は「打率低迷のため」と分析する。それを読むイチロー選手は、さらに不愉快な気分になるだろう。でも、「大人」だから、一応正直に答えて、記者から離れるのである。落合監督だと「風邪がうつるぞ」となるわけだ。
記者は、「球は予想通りでしたか?」とか「しぶとい打撃の秘訣は何ですか?」とか、具体的に質問すれば良いのである。それを、「心境は?」とか言われれば、そっぽを向くのである。そうするしかないのである。言葉に工夫がない新聞記者は、打撃を工夫しない打者と同格であろう。
彼は、高学歴新聞記者たちのうんざりさせるような平板さ、感受性の鈍さ。そしてその自覚のなさが嫌なのである。
でもイチローさん、ことは新聞記者に限りません。大学教授も同じです。高級官僚も同じです。彼等はそのことに無自覚である自分に無自覚なのです。
学歴を利用して組織人となっている記者、努力と実力で大リーグで奮闘する選手。この差の実態はあまりに大きい。謙虚になるべきなのがどちらであるのかは明らかである。
もし記者が、無自覚な自分を演出して、わざとイチローさんを怒らせて、私を楽しませる記事を書いてくれているなら、私はそれに対する無自覚を詫びますが・・・・。