2005-06-18 『同僚』
_ 同一組織内の人間という意味ではなくて、「同僚」の良いところは、言いたいことの言えることだ。
でも、こちらが言いたいことを言えば、当然向こうの言いたいことが返って来る。
どうするか?
赤裸々な関係に戦慄する。
十代の高校時代、親友たちと言いたいことを言い合った。
あるときは互いに傷つけ合うようなこともした。
しかしそうしたことの全てが、その後の自分を決定していると後で強く実感した。
人と人との濃い関係。「恥ずかしさ」は無意味なのだ。
言いたいことを言うと同時に、人と人との濃い関係が現象する。
そして、いつか、こいつはこいつでオレはオレだという認識がやって来る。
何を言おうが、人は孤独。そこには越えられない細胞膜がある。
しかし、私は、それを越えて対等に言い合える人を愛する。
自分が不完全であることを思い知らさせる人間をかけがえなく思う。
今日、私は、同僚に、自分の意見を言い。それまで言わなかったことを水臭いと言われ、また別の同僚に自分の意見を言い、お前は夢ばかり追う大きなお世話人だと言われた。
時は途切れずに連続する。
プライベートの認識。
穴に入って人と接したくない。
しかし、それを越えよう。
信頼があるからこそ、人は自分に意見を言ってくれるのだ。
彼等の存在に感謝する。
人と人との緊張感こそ、生きている証なのだと思った。
それを与える人をいつまでも大切にしたい。
他者に通じる自分を夢見ること、それを「夢追い人」と呼ばれても少しも苦しくない。 全然苦しくない。
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