2006-04-08 麻原彰晃死刑決定
_ 週刊誌で、麻原彰晃死刑決定に、異議を申し立てる意見を読んだ。
その理由は、「真相を解明して欲しい」、とどのつまり、「麻原の強力なマインドコントロールの本質は何なのか。それが解明されなければオーム関係者の呪縛を解けない」という至極真っ当なものである。
村岡裁判でも分かるように、日本の司法が(この裁判では検察が)「公務員的立場」を免れることが出来ないのは,最早システム上致し方のないことであろう。「国策捜査」とは、「上」からの指示を国民の利益に優先することである。もっとも、「支配されることの方が有利なのである」というのなら、優れて「金正日」的ではあるが。
私に言わせれば、麻原のマインドコントロールの本質は、標準語国語教育の盲点を突いたものである。
言語が不完全なものであることは,すでにヴィトゲンシュタインの考察を待つまでもなく、東アジアでは,禅によって遙か前にもたらされていた。
標準語受験国語教育に精進したものは、自分たちが判断力や発想力に鈍った存在であることに自覚的になることが出来ない。彼らは,決めつけられたことに対して,理性的に論理的に反論を想起することが出来ない。「嘘」を真実と思い込ませるのは、あらゆる支配と営利追求の前提作業である。
この世の中では、何らかの形で自分より劣ったものをダマさないと大きな利潤を挙げることはできない。近現代の社会の支配は,それを「支配」と思わせないところにその特徴を持つ。これは究極的には宗教の行うことと同じである。イエスという人はいたが、彼が天にまします神になったというのは「方便」である。何もキリスト教に限ったことではない。全ての宗教は,存在の証明が不可能な神を、言語によって存在すると断言する。つまり、目の前に神を見せずして、コトバで特定の名前のついた神の存在を信じさせるのである。そしてこのことによって多くの人が救われる。私は以前に共産党の区議と議論をしていて,最後に「私は宮本謙治を信じています」と言われて愕然としたことがあった。イスラム教徒と宗教論をかわせば、「でもあらゆる神の中でアッラーが一番偉大なんだよ」と来る。
私だって、「永遠の愛」の存在は信じたいが、そのことは、自分の死ぬ瞬間にしか分かり得ない。死ぬ前からそれを存在確認することは出来ない相談である。そしてそれどころか、死そのものは認識できない境遇にある。
麻原は受験勉強や標準語学習のやり過ぎで判断力を喪失した人間が、「決めつけ」に反論できないタイプの人間であることを手玉に取った。
麻原は言う。
「もしハルマゲドンが来て、人類が滅亡する事態にあっても、我々は平気である。なぜかと言えば我々はそのときアストラル体に避難するからである。」
ハルマゲドンも、人類滅亡も、アストラル体も、実際存在を証明することは出来ない。だからこのような説明は、
「神は全能である。全能には「存在」が含まれる。ゆえに神は存在する。」という中世スコラ哲学の論理矛盾と同等である。言葉で「ある」「ない」と言っても無意味なのだ。
世の中そのものへの理由のない憎しみや疑念。しかもそれに苦しむものたちのほとんどは、その答えが言葉で与えられないものであることを自覚できない。「世の中」が抽象名詞であることを理解できない。そこで誰かが確信を持って決めつけると、信じるか信じないかの2者択一になって、その結果多くのものがこれを信じることを選択するのである。親しいものや尊敬できるものを疑う勇気、これを奪うものが現行の教育である。
麻原は,堀江同様,「支配」とは,ダマすことだと了解した。つまり,世の中を恨んだ。周囲のものを自分と同等の世の中を恨む必要のない私は、彼らを「不幸」だと思う。ダマすことは支配の部分集合で、
これ以上必要以上に,麻原をつつけば、結果的に「支配」というものの本質が、そもそも知る必要のない人たちにまで知られる公算が大きい。だからこそニュースにならないように裁判を早めに終結させようとするのだと私は思う。
私は、たとえ何年かけても麻原の精神疾患を治癒させ、彼が人をダマすためにはとどのつまりどうしたら良いかを最終結論したかを正直に語らせ、それを国民に公開するべきだと思う。そのことこそが本件から得られる国民の唯一の「利益」であろう。まあ現実的には,ここに「国策判断」が働いたと見るべきか。つまり,ここでいささか現象学的な記述を試みると、「我々民衆はいつまでも言語というものを客観化できないと為政者に判断された」のであった。
真の知識人不在を嘆くのみである。ともあれ、麻原を信仰した連中は、麻原のようなめちゃくちゃなことを言う人間を、周囲の大人や、高校や大学の教師よりも信頼できると判断したのである。知識人も沈黙して、裁判終了を願うのも当然の成り行きか。結局この事件の一般的印象は、「権力に逆らおうとするとひどい目に逢うぞよ」程度のものだったらしい。我々は、手を上げなくてもハイルヒットラーしたことになってしまうらしい。私は増税に断固反対する立場を取ることにした。