2006-04-15 生徒の方が優秀
_ 生徒に教えている時いつも思うことがある。
ああこの子の方が自分より遥かに優秀な人間なんだろうな。
少なくとも、子供の頃の自分よりこの子の方がずっとましなことは確かだ。
私の子供の時?
それは思い出したくない。
私は早生まれの幼稚で、甘ったれの泣き虫で、落ち着きがなくてLD気味で、信じられないくらい汚い,自分でも読めない字を平気で書いていた。精神年齢がクラスでビリ近いから、周りに圧倒されっぱなし。九九を覚えたのもクラスで最後だった。成績はほぼオール3。国語、算数、図工、体育は2を頂戴することが実に多かった。その上周囲の状況が読めないから,集団行動も全然ダメ。腕力もない。運動神経も最低。スキップが出来ないことから始まって、足は遅いし球技は全くダメ。その上家では妹に威張り散らす最低の兄だった。誰から見ても最もバカで、最も将来性を見いだせない、しかも全く可愛げがないクソガキが私だった。女子からは絶対に結婚相手にしたくないタイプのナンバーワンだったにちがいない。
でも、当時の世の中は暖かくてそんな自分でもじっと育んでくれた。こうして私は14歳になる直前まで友人の尻について外で遊ぶだけしかすることがなかった。そして私はあまりにバカだったため自分が大バカであることに気がつかなかった。
来るべき時が来た。中学2年の二学期の成績表で、主要教科が軒並み2になったのである。特に英数国が全て2というのはさすがの親も頭を抱えた。「やっぱり本当にバカだった」そう思ったと、後で親に言われて実に恥ずかしい思いをした。
何が起こったのかは分からない。とにかく突然、初めて自分から勉強してみようという気持ちになったのである。私は周囲の出来る子供たちを持ち前の観察力&取材話術で研究し、彼らよりやや長い時間、しかも出来るだけ自分なりに工夫して勉強することにした。3年からは塾へも通った。この塾は自分が真面目に通うことが出来た最初で最後の塾だった。私は初めて教師という人間を心から愛した。今でも付き合いがあるかつての教師はこの人物だけである。
3年2学期、私は自分でも目を疑う成績を手にしていた。通知表には体育の3以外は全て4か5がついていた。学力テストは学年200名中5番だった。高校は、当時の最難関都立校に進学した。この都立校は例年100名近い東大合格者を出していたエリート校であった。これを聞いた近所親戚縁者は皆、「え〜!?」と言った。驚く必要はない。なぜなら、そこでまたしても見事にビリになるのであるから。
教師とは、後から来る若い世代に自分を追い越してもらうことがその仕事だと思う。
つまり、教師は、自分の目の前の子の方が、自分と出逢った以上,自分より優秀で有能な将来性のある人間になることを信じれなければならない。
幸いな(?)ことに、私は子供の時の自分が実際あまりに愚かであったから、いつもそう思うことが出来る。いかな子供といえどもかつての私ほどひどい子供であることはあり得ない。つまり少なくとも今の私以上の存在になるに可能性が大なのだ。私の出来ることは、将来その子が立派な社会人や親になった時に、「おまえは昔実はとんでもないオチンチン小僧だったぞ」と思い出させてやることだけであろう。