ブイネット教育相談事務所


2006-04-10 音読指導者養成講座

_ 9日、第8回音読指導者養成講座を開催した。

前回まで平安古典、源氏物語の音読直解突破に時間を取られ過ぎたので、これを打ち切り、今回は、講座修了に向けて、成熟して日本語記述の速度が上がった「更級日記」、「大鏡」、「今昔物語集」、「宇治拾遺物語集」、「古今著聞集」、と読み継ぎ、鎌倉時代に入る。

私は、この講座に出席し続ける人たちに心底頭が下がる思いだ。彼らは、教師であるか、古典文化理解者のいずれかである。この人たちは自腹を切って、次世代教育のために休みの日の午前から次世代のための研鑽を重ねている人たちである。文化とは、こうした人々の下支えがあってこそ成り立つのであろう。

本日は、前回の音読のヤマの「源氏物語」を越えた苦労が報われた手応えを強く感じることができた。やはり,「源氏」の山を越えれば、後は現代文とほとんど変わりがない。「源氏」を越えた我々にとって、鎌倉以降は、まさに読むだけで了解できる「同時代」と同然である。

それにしても、回を重ねた受講者の音読上達には、「耳を見張る」ものがある。彼らは私と同様の「体得」を知る音読同士である。否,彼らにあるのは、こんなにも端的に日本語が音読了解されることの喜びに相違ない。

会後に、驚きかつ嬉しき事が三つあった。

その1は、公立小の先生から、「教師有志で音読研修会を開きますがいかがか」と言うものである。何と立派な先生がいたものである。まだ我が国の教師も捨てたものではない。自費で学んだ事を同僚に伝えようというのである。

その2は、「九月からの新年度カリキュラムにもう一度参加しても良いか、まだ完全ではない自分を感じる。」というお申し出。自分が足りないのではないかと思うものは、いつでも世間一般の水準を凌駕している。私は、自己の内面に熱いものを感ぜざるを得ない。

その3は、「次回都合で出席不能なので、その補講に,個人指導を受けたい」というもの。

皆さん分かります?この音読法を完全に体得したいという優れたる人たちの心持ちを。

私は知っている。私の音読法が完全に「買い」である事を。なぜかと言えば、この十年、私の音読法の上を行くメソッドを提案したものは,ついに一つも現れなかった。それはそうかも知れない。これは,誰でも体得できる、日本語の原則に則った一音一音を大切にする音読法。しかしこれが、CDと出版物では伝達しきれない「直伝物」である事が唯一の難点。そして、これを直感した人たちがここに集っているのである。

次回は、我が国国語史上、最も大きな転換点となった「平家物語」の音読と、「方丈記」、そして、これ以降の国語教育の定番となった「徒然草」の深い音読に入る。ここが抜ければ、最早江戸以降は、現代文と何ら変わることはない。ただの「日本語」である。

後二回で終了する所存であるが、9月以降の講座再開までに、今回だけは、特に、高校生を初めとして、中学生、社会人全てに聞き逃すべからざるものであることを、ここにあらかじめ記す。中学入試を志す親御さんたちにとって、まさに必聴の講座であることをここに堂々と宣す。今回講座は超お買い得である。「家元」の「音読達人」も全てをぶっつける所存だ。私は、最善の授業を行う。お子さんの国語力増強の本質を知りたい方は,是非この講座に参加して欲しい。

以上、コマーシャルではなく本気で書いた。以下はコマーシャル。

―私はこのメソッドを、企業や公共団体に本気で買って欲しい。

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