ブイネット教育相談事務所


2006-04-24 朝日社説分析

_ 朝日社説分析

_ この前、当ブログで朝日の悪口を描いたので、ここ数日朝日社説を丹念に読んでいる。「何だやっぱり朝日を取ってるじゃん」と言われそうだが、日経も取っている。読売もサンケイも東京も目を通したいが、経費節減が趣味の家人に禁じられている。

小6の息子は読売を希望。巨人ファンの彼によれば、「何だ結局堀内を選んだナベツグとナガシマがバカだってことじゃん」と理性的である。家庭内「天敵」の我が同居人によれば(私は「女房」ないしは「妻」という言葉の使用を禁じられている)、「日経を止めて」とバカの見本の意見。日経を止めれば他紙が相対化できないことが分からない。

高2の娘は、「どうでもいいけど日経は読まないし、後一つは朝日でも読売でもいい」と、これまた日経の大切さが分からないバカである。朝日と読売がなければ日経は取らない。日経は朝日と読売を読み取るために読む。こうなるとサンケイを取りたいが、当然経費として認められない。私は読売と日経の合体を望む。毎日は記者が朝日以下のことが多いので読めなくなった。朝日も時間の問題だが、あまりに記者がバカだとそれを容認したデスクの能力を疑ってしまう。東京は好きだが、サンケイ同様「3番手」になるので対象外になってしまう。私は東京夕刊だけでも取りたい。サンケイ同様のややヤケクソさが、まるで内外タイムズのように楽しめる。

さて朝日社説を一種の「ブログ」として、入試国語の専門家の立場でレトリック分析しようとする。

1 21日(金)Aは、「学力調査―全員のテストが必要か」で、能力以上の仕事を任される女性の文体か、オレはなかなかエラいと思っているつまらない男の文体。タイトルとニュワンスは悪くはないが、一般朝日読者を満足させるための、「専門外」に関する可もなく不可もない文体。朝日の教育関係の記述は優れたものが滅多に見られない。なんでか。

2 21日(金)Bは、「政府資産ー財政再建に妙薬はない」で、よく見えている男性編集委員が、朝日ファンの反自民勢力知識人を上手にくすぐる内容。しかしあまり掲載の意味はない。

3 22日Aは、「米中会談―試される『利害共有者』で、実際入手した情報を散りばめていかにも朝日らしい常識的な書き方。これが「男に化けた」女の文体だとおカマしい。

4 22日Bは、「ウィニーー捜査の秘密も漏れた」で、明らかに男性文体。懸命に隠匿しようとする警察情報をかなりはっきりと描いており、私はこういう勇気ある書き手の文章がたまに載るのでつい朝日を選んでしまうと反省もする。

5 23日(日)Aは、「日韓の妥協ーまずはホッとした」で、おそらく超高学歴バイリンガル女性文体。当たり前か。しかしほとんど何のための社説か分からない。ただ字が埋められているだけである。こういうのを読むともっといい文章が没になった代わりにこれが載っているのではないかと勘ぐりたくなる。広告面の拡張に役立つのみ。

6 23日(日)Bは、「G7−処方箋を生かせるか」で、「活かせる」や「イカせる」でないところが不思議。明らかな男性文体で、典型的な内容のない印象を与える朝日文体。

以上、アジア外交2、教育1、対警察1、政経2で、まるで誰かから指示があるかのようにバランスを取っている。22Bは別として、日曜の社説はお正月用のようにおざなりである。この新聞の教育関係記者は無能か、わざと文科省を怒らせないようなデスクの気遣いがあるかのどちらかのようだ。ひょっとしたら教育機関の天下り枠には、文科省官僚と国立大学教授の他に、「元編集委員」の枠があるのかもしれない。政経については、一般論を出ず、あまり踏み込んだ意見は言わないように指示されているかのようだ。ああ同時に読売の社説も読みたかった。

新聞も出版物の一つである。幅広く売るための工夫が、直裁な自己意見の表明を上回る。やっぱり社説を読むのは止めて、明日からいつも通り日経最終面の「私の履歴書」から読むことにしよう。ここでは、宮澤喜一の一見ありげで実はない、相変わらずの自覚のない性向が楽しめて面白い。

社説が匿名で行われることは良いが,せめて「A子」とか「B男」とか同一筆者が特定されるようにすることがフェアーではないのか。特に過激さを意識的に抑えた印象の朝日社説においては。

以上、当「社説」は、本当に読みたいと思った人だけに読んでもらえる、いつまでも芸の足りない物言いである。

私の知っているのは、新聞収益の過半が広告収入であるということである。

念のため、以上を書いた後で、日経23日朝刊社説に目を通すと、驚いたことに朝日とぴったしカンカン、「日韓問題」、「G7」で、私は「談合」、「カルテル」の疑いがあると冗談で思った。各紙社説を当てるトトカルチョを発売すると面白いと思うが。